「つ、遂に出来た!」
座りながらずっと机と睨めっこをしていた騎士が、大きな声と同時に立ち上がる。
「出来たのか?」
横で同じく机に座っていたウィザードがゆっくりと、しかしそわそわしながら騎士の机を覗く。
そうして周りの人が立っては集まり、立っては集まりを繰り返しいつのまにか騎士は人に覆い隠されてしまう形となった。
その中央にいる騎士は、ふんと軽く鼻を鳴らしながら手元にある小さな黒い物を大きく宙に掲げる。
騎士「これで・・・我々は自由になれるぞ!」



ラグナロク・オリジナルストーリー番外編―蒼き翼が落ちる時(前編)


「なんだ、またいつもの日記か?」
周りも静かな、夜深き時間帯。
軽装な服装の男が、同じく軽装の若い男性に向かってそう声をかけた。
「ん?あ、すみません先輩・・・これは自分の日課みたいなものなので・・・すぐ終わらせます」
軽く笑みを返し、また真面目そうな表情で机に向かう。
「そうか・・・まぁ、夜更かししすぎるなよ・・・明日は早いぞ」
そう言い、目の前にある彼の布団に入っていく。

そう軽く自分を気遣ってくれた彼に感謝しつつも、手早く指を動かしていく。
明日は・・・早いんだよな。

○月○日・・・
今日は、先輩達が遂に前々から取り組んでいたとある物が完成したらしい。
どんな物かは自分のような下っ端には教えてはくれなかったが・・・久々の大作だ、と喜ぶ先輩の顔が目に焼きついている。
この機工旅団に入ってまだ数週間だけど、このような瞬間に立ち会うことが出来てとても嬉しい。
明日はそれのテストが行なわれる・・・一体何が出来たのだろう。
楽しみを心に覚えつつ、明日にそなえて今日は寝る事にします・・・。

「よし、OKと」
パタン、と軽い音を立てて閉じられる日記帳。
ペンを横にゆっくりと置いて、先に寝た先輩を起こさないように忍び足で自分の布団にもぐりこむ。
入ると同時に、軽く目が重たく感じる錯覚に陥る。
今までは大体自分のような下っ端にも公表されてきたが、事前まで教えないという行為が自分の好奇心を思いっきり擽っていた。
「楽しみ・・・だな」
そう頭の中で呟き、目をゆっくりと閉じた。

「・・・本当に、すまない」

意識が薄れていく中で、その言葉を耳に残して。



「ふんふふ〜ん♪」
機嫌良さそうに、鼻歌を歌う一人の蒼い髪を携えた騎士・・・セニア。
「お姉ちゃん、何か良い事でもあったの?」
横で、首を傾げながらプリ―ストが声をかける。
腰にまで伸びる髪が、さらりと小さく音をたてる。
その顔は、横にいるセニアとほとんど変わらない顔つきであった。
唯一の違う点といえば、こちらの方が髪が長く、そして赤い色を帯びているといった所か。
姉の機嫌のよさにつられてか、彼女もまた機嫌よさそうにセニアを見る。
セニア「ん?ただ何となく〜」
特に理由はない。
ただ、今日は何となく機嫌がよかった。
そういった話は今まで何度もあったのか、プリ―ストの方も特に気にした様子は見せない。
ただ見せるのは、姉と呼んだセニアにつられて笑顔を浮かべる自分の笑顔。
彼女達は平和だった。
そして、仲がよかった。


ただ、妹のプリーストには一つの大きな悩み・・・障害とも感じ取るような事があった。
それは彼女が所属しているギルド・・・もとい、そのギルドのギルドマスター。
彼女は恐れた。
国にすら追われている者のギルドメンバーをしていれば、当然自分の姉も狙われてしまう運命になる。
姉を失うのが怖かった。
親等を幼い頃に無くし、物心ついた頃に自分の目に映っていたのは姉であるセニアの屈託の無い笑顔。
あの笑顔が、私にとってはいつも眩しかった。
自分が悩み、苦しんだ際にいつも隣にいてくれた姉。
自分にとって、セニアはかけがえの無い存在。
そして、絶対になくしたくない存在。


セニア「それは、そうとっと・・・」
笑顔を携えていた彼女の顔が、じょじょに何やら意味ありげな表情へと変わっていく。
(な、なんだろ・・・)
少々身構えつつ、次に発せられる言葉を待つ。
微笑をこちらにむけながら、顎に手をあてて少し自分の顔をじっと見つめている。
たまになのだが、姉は自分の事が何もかも知られているかのような錯覚に捕らわれる事があった。
わからないのだが、これは過去からずっと感じていた事。
でも、自分はこれを怖いとかそういった感情で取った事はない。
むしろ、安心感があった。
自然と知らない内に考えていたことをすらっと言う事ができ、何でも打ち明けられるような感じさえしたから。
そう考え事をしている内に、すぅっと姉の口が開かれていく。

セニア「最近可愛らしくなっちゃって。彼氏でも出来たかしら?」

「え、えぇっ!?」
街中だというのに、ついつい周りを気にせず大きな声を上げてしまった。
辺りが一瞬にしてこちらに注目の眼差しを浴びせる。
そそくさとその場を立ち去るように、人のいない通路に逃げるように走っていく。
当然、姉のセニアを引張った状態で、不安定そうに妹に引張られていった。
はぁ、はぁと息を荒げながらセニアを見る。
プリースト「お、おねぇちゃん!い、いきなり何言い出すの!?」
自分でも解っていた。
あきらさまな動揺の入り混じった言葉であった事を。
それに対し、セニアはさも幸せそうな笑顔を妹に向けた。

セニア「よかったじゃなぁーい!アスナ!」


妹・・・そう、アスナがセニアの事を慕っていたように、またセニアもアスナの事を大事に思ってきた。
ただ、セニアは親がいない関係上、親に似たような感情で今まで見てきた節がある。
アスナは、私が守ってみせる。
過去から、辛い事があったたんびにずっと自分に言い聞かせていた事である。
そういった感情で見てたセニアからすれば、妹の彼氏ができたという事は異常なまでの喜びがあった。
正直、私では限界というものがあった。
男性と女性ではやはり与えられる物も違うのだ。

そんな心配も、今となっては無用と言えるだろう。
私では与える事の出来ない愛情を、妹が愛している彼氏さんならば絶対に与える事が出来るはずだ・・・

セニアは、妹の選んだ彼氏を怪しもうとはしなかった。
ただ、やはり会いたいという感情はあった。
1回でいいから、見てみたいな・・・妹が選んだ、彼氏を。


セニア「で?その彼氏さんはどんなお人なの?」
にこにこと笑顔を向けつつ、警戒されないようにゆっくりと、やんわりと目の前にいる自分の妹に問い掛ける。
当の本人は耳まで真っ赤にしながらしどろもどろといった様子であった。
アスナ「あ、あのね、お姉ちゃん」
まるで自分を落ち着かせるかのように、途切れ途切れだが声を出していく。
その時であった。

「アスナ・・・?」

ぎこちない話し方。
そして低い、しかし透き通った声。
その声は、彼女等の右方向から聞こえてきた。
アスナ「あ、アゼラスさんっ!?」
本日二度目となる、裏返った大きな声を出してしまう。
咄嗟に口を押さえる。
呼ばれた張本人は軽く視線を泳がしている。
一言でいえば、状況は少々気まずいといった感じか。

・・・ははーん。
セニア「どうも、アスナの姉です。貴方が、アスナの彼氏さんかしら?」
アスナ「おねぇちゃんっ!!」
再度顔を真っ赤にさせながら、姉を怒鳴りつける。
しかし、それを聞き流すかのように姉の視線は一身にアゼラスに向けられていた。
あまり表情には出さないものの、セニアの澄んだ眼から視線を離す事が出来ずに、ゆっくりと口を開く。
アゼラス「・・・初めまして、セニアさん。その通り・・・アスナの彼氏です」


・・・いい眼をしてるわね。
一直線に貫くその視線からは、それが偽りでない事を表す真の証拠であった。
はぐらかされるかと思ったが、それも無かったのが良い所だと言える。
外見はすらっと長身、顔も悪くないし、何よりウィザードという役職が妹と相性が合っていてよい。
少々話すのが苦手そうな節が見れたが、妹にはそれくらいのがいいかもしれないわね・・・
良い人なのは間違いない。
・・・でも。

「兄さん!唐突に外に飛び出して行くなんてどうしたの?」

新たに、アゼラスの後ろの方から若々しい元気な声が聞こえてきた。
アゼラス「ヴィスか・・・ちょっと、野暮用でな」
綺麗な銀髪を携えており、外見からして剣士である事が伺える。
そのさらに後方からも、剣士の後を追うようにゆっくりとアコライトが追いかけてきているのが伺えた。
ヴィス君、か・・・
セニア「こんにちわ、ヴィス君でいいのかな?」
急に知らない人に呼ばれたせいか、一瞬強張った様子を見せる。
しかし、状況を察してかいくらか明るい表情でこちらに顔を向けた。
ヴィス「あ、初めまして・・・ヴィス・R・サイドといいます」
律儀にお辞儀をした。

彼も良い眼をしてる。
でもやはり・・・先程のアゼラス君と同じ、か・・・

いくらか寂しそうな表情を浮かばせつつ、ゆっくりと彼らに背を向ける。
セニア「どう?アゼラス君。アスナは・・・この子は、私の大切な、大切な妹なの」
嫌でも感傷深くなってしまう自分がいた。
彼を疑うつもりはなかった。
疑う気はなかった。
でも・・・気がついたらこんな言葉を発していた。
嫌な人ね、私・・・


アゼラス「アスナ・・・は、出来れば自分とずっといてほしい・・・と、思っています」
アスナ「アゼラス・・・」

芯の通った力強い言葉。
これ以上、彼に自分は何を求めようというのか。
・・・良い彼氏を見つけたわね、アスナ。

それ故に。
私は、これ以上彼と関わってはいけないと悟っていた。
彼の奥にある、黒く、禍々しいほどにまでに黒い負の感情。
これは、後から姿を見せたヴィスという少年からも感じ取っていた。
彼等の奥底に眠るこの感情の矛先・・・

このギルドのマスター、ブリジットに発せられるものだった。


何が原因なのかは定かではない。
ただ、彼等の眼を見ていてそう自分の頭が言っていた。
・・・これもさだめなのかもしれないわね。
彼と一緒に行動をする事で、何かしら問題は生じてくるのはわかっていた。
それを妹が心配しているのもわかっていた。
しかし私は彼を恨まない。
これは私の為であり、私が選んだ道なのだから。
覚悟は・・・いつもで出来ていた。


アスナの為を思うのならば。
アスナの幸せを守る為ならば。
私は、貴方から離れていく事さえいとわない。



「見つけた・・・あいつはセニアだな」
彼女達が話している数メートル付近にある大木の上で、男がその光景を眺めながら言った。
「・・・本当にやるんですか?」
隣にいた男が、その男に問い掛ける。
返答はない。
返ってきたのは、軽く首を縦に振る行為だけだった。
(・・・すまない)
誰に言ったのかはわからない。
ただ、彼は心の中でそう呟いた。



セニア「貴方なら平気そうね・・・」
そう、空に向けて独り言とも取れる言葉を発する。
長かった、な・・・ここまでくるのが。
自分が今まで過ごしてきたアスナとの日々が、頭の中で再生されている気がした。
セニア「アゼラス君、私は貴方とあまり関わってはいけないようなの」
寂しい笑顔しか向けられなかったが、それは今後の事を考えてしまうと仕方のない事であった。
彼は、内容が読み込めなさそうな表情は一切浮かべなかった。
むしろ・・・自分がこれから言いたい事がまるでわかっているような感じすらしていた。
アゼラス「・・・失礼。貴方は、まさか・・・」
その次の言葉を発す寸前。


セニア「ピアース!!」
突如、セニアが右方向の地面を槍で思いっきり突いた。
怒涛の突きをうけ、辺り一面に凄まじい土ぼこりが出来る。
その土ぼこりの中から、セニアのみを狙って二人の騎士が剣を振り下ろしていた。
それを咄嗟に後方に飛びのき回避する。
大きな音をたてて、また地面が抉られた。
セニア「アゼラス君達は逃げて!」
土のせいで目が見えにくくなっているのか、うろたえる騎士二人を見た瞬間に放たれた言葉であった。
その言葉と同時に、アゼラスはアスナとヴィス、そしてその後ろにいたきのを急がして走り出す。
ヴィス「兄さん!援護しないと!」
逃げるのが悔しいのか、ヴィスが声を荒げる。
アゼラス「・・・あの騎士、二人だけなら、な・・・」
これ以上は続けられなかった。
セニアを狙っていた殺気。
その殺気は、あの騎士二人以外からも様々な所から発せられていた。
あのまま戦っていたら、自分だけでなくヴィスやきの、そしてアスナも危なかっただろう・・・
心底心配そうな表情を浮かべるアスナ。
アゼラス「ここまでくれば・・・いいだろう・・・俺はいく・・・」
あくまで、一時的な撤退しか考えていなかった。
敵が追ってこないのは少々おかしいとは思ったが、今の状況からいって好都合といえる。
適度な位置まで逃げてきた自分達は、すぐさま方向を変えて走り出す。
アゼラス「きの・・・ヴィス・・・アスナ・・・皆は、先に戻ってろ・・・」
そう言い残し、自分は走り出した。


アゼラス「アスナ・・・ヴィス・・・きの・・・帰れといったはずだ・・・」
走り出してからすぐ、三人がすぐ後ろにいるのがわかった。
少々怒った口調だった。
ヴィス「助けに行きたいのは僕等も一緒ですよ、兄さん」
きの「何かお役に立てるかもしれないですし・・・」
言い返すことができなかった。
それだけ、真剣さを帯びた口調だったのだ。
・・・予想は、してたがな。
アゼラス「・・・わかった」
それだけを伝え、自分達はセニアの後を追った。



セニア「はぁ・・・はぁ・・・」
窓から、オレンジ色の光が差し込んでいた。
静まり返った大きな建物の中に、セニアの荒い息が木霊する。
セニア「・・・何なのよ、あいつら」
誰も居ないこの建物の中で、小さく愚痴と取れる言葉を吐いた。


アゼラス達と別れてから数分。
なるべく人のいない所へ逃げていき、まずは追ってきている騎士二人と対峙した。
後ろの方からどんどん殺気の数が増えていくのが嫌でもわかった。
しかし、このままずっと逃げている訳にもいかない・・・
逃げた結果、アゼラス達の方に変えられてはまずい。

咄嗟に後ろを振り返り、槍をあえて大振りで相手に向けた。
これは、今から自分が相手を攻撃しますといわんばかりの行為とも言える。
普段ならこんな命取りになる行動はしなかったのだが、これで彼等が一瞬とはいえ足を止めてくれると思ったからだ。
人間誰であれ、何かしら攻撃されそうになれば大小はあるものの恐怖心というのを抱く。
そこをついて新たな手を考えながらの行為であった。
槍を確実に少々先行していた片方の騎士に向けて、大きな声を出す。
セニア「スピアブーメラ・・・!?」
気がついた時には、自分の頬から鮮血が飛ぶのが目でわかった。
たてつけに、遅れて来た騎士の剣が自分に振りかかろうとしていた・・・


セニア「恐怖心を抱くなどという、予測をしたのがまず一つ目の失態・・・」
予想外であった。
恐怖心をまったくといっても良いほど抱かない人間など、この世に存在しているなんて。
自分の今までの経験が裏返しとなる結果に終わった。
セニア「二つ目は、その予想を疑わなかった事・・・」
そう言って、右腹を押さえながら、中央にある大きな柱に寄りかかった。
右腹からは痛々しい量の鮮血が流れていた。
くぅっ、と声を上げながら苦痛の表情を浮かべる。
彼等からは、殺気以外まったく何も感じなかった。
恐怖という感情がなかった。
それがひどく恐ろしかった。
自分の経験上会った事のない・・・つまり、未知なる敵との遭遇。
恐怖心を抱かずにはいられなかった。

ゆっくりと、気配を消しつつ辺りを見渡す。
セニア「この柱が壊れると危ないわね・・・」
支えている柱が他にもあったが、これほど丈夫で大きい柱は見当たらなかった。
つまり・・・これが大黒柱なのだろう。
セニア「・・・来た、ようね」
入り口付近から、かなりの数の殺気が嫌でも自分に向けられているのが解った。
ちょっと、厳しいかもな・・・
そう、頭の中で呟いて。



きの「でも、何でセニアさん・・・でしたっけ、セニアさんが襲われたんでしょう・・・」
そう、走りながら率直な今の感想を三人に言う。
ヴィスは、軽くさぁ・・・とわからない素振りをして見せた。
ただ二人。
アスナとアゼラスには解っていた。
セニアが襲われる事となった原因を。
解っているが故に、余計に奴の事が憎くて仕方がなかった。
あいつは、俺らから何もかも大切なものを奪おうというのか・・・
アゼラス「あいつに・・・何故、そんな権利が・・・あるというんだ・・・」
アスナに聞こえる程度に、小さく、とても小さく。
アスナは反応しなかった。
ただ・・・手がぐっと、力強く握られていた。

キィン・・・

微かにだが、四人の耳に金属と金属がぶつかり合う音が聞こえた。
足を止めて、静かにその音を再度拾おうと静かに耳を澄ます。
キィン・・・
次の音は、先程よりも確実に彼等の耳に伝わってきた。
この方角は・・・
アゼラス「あそこ、か・・・」
その目に映るは、大きな、大きな、そして立派な建物。
それは機工旅団が最近建設した、実験場と呼ばれる建物であった。
アゼラス「・・・行く、ぞ」
各自に小さく合図をしてから、その中目掛けて足を急がせる。
その四人の背中が、オレンジ色に光っている。
時刻は夕方を指していた。


セニア「くぅぅっ!!」
何とか襲い掛かってきた剣を、力任せに弾き返す。
その息は先程よりも上がっており、今の現状を嫌でも表現していた。
数は七つ。
五つは騎士・・・そして二つはアサシンであった。
前衛職しかいなかった事が、今まで私が生きている助けとなった。
避ける事・・・そう、速さを主とし修行をしてきた自分は、ある程度避ける事に自信があったからである。
しかし・・・如何せん数が多すぎた。
そして、先程と変わらず彼等には恐れというものがまったく感じられなかった。
セニア(戦いにくい・・・な)
戦況がおぞましく悪い。
傷が痛むのが、それに拍車をかけていた。
じりじりと、じょじょに後ろに後退していく。
セニア(・・・新たに四人?)
後ろに退きつつ、入り口から新しく四人の気配が近づいているのがわかった。
殺気は感じない・・・まさか!?
そのまさかは、現実として現れる形となる。


アスナ「お姉ちゃん、平気!?」
そう、大きな声が建物全体に響き渡る。
その声の元には、アスナ含めて四人の人が立っていた。
アゼラス「きの・・・ヴィス・・・絶対に、無理はするなよ・・・」
そう彼等に言い残し、援護が出来る位置まで走り出した。
その後を追うように、アスナも走り出す。
ヴィス「いくよ、きの!」
先に走り出した兄達を追うように、背中に背負っていた両手剣を抜き出す。
きの「はい、ヴィスさん!」
その声には、多少の恐怖が混じっていた。

アゼラス「ファイヤーウォール・・・!」
そう唱えると同時に、一瞬にしてセニアと騎士達との間に火の壁が出来上がっていた。
これさえ唱えれば、少しは時間が稼げるはず。
そう思っていた。
騎士「おぉぉぉぉぉぉ!」
アゼラス「なっ!?」
予想外な事に、騎士達は目の前に出来た火の壁を臆そうともせずに特攻を始めたのだ。
当然数回はその火の壁によって弾かれるも、数が多い影響かすぐさま効力を無くしてしまう。
ヴィス「兄さん!」
そう呼ばれた時には、二人のアサシンのカタールが自分を貫かんとしているのに気がついた。
・・・避けられない!?
そう思った刹那、ヴィスの両手剣が彼等の間を裂くように入り込み、カタールを弾き返す。
アゼラス「・・・すまない」
敵に睨みを効かしながら、少しだけ距離を取る。


距離を取ったと同時だった。
アサシン達はこちらに追撃をしようとはせずに、離れるとさも何事も無かったかのようにセニアと自分達との中間に立った。
・・・奴等、何を考えているんだ・・・?
きの「ど、どうやら近づかなければ攻撃してこないようですね」
少々の動揺と恐怖の入り混じった声が耳に入る。
作戦か何かなのだろうか・・・
どちらにしろ、奴等を何とかしない事にセニアの近くへはいけないという事である。
アゼラス「多分・・・だが、傷さえ何とかなれば・・・セニアさんは助かると・・・思う」
彼には見えていた。
体を気遣いながら戦うセニアの姿を。
しかし、自分には彼女を癒す術を持ち合わせてはいない・・・
アスナ「私が行きます」
アゼラス「・・・アスナ」
それしか術は無かった。
行くなら当然、癒しの能力を持つきのかアスナを同伴させなければならない。
さらにアコライトであるきのよりも、プリーストであるアスナの方が当然様々な面で安心が約束される。
彼女である大切な存在に、頼む事が出来ずに悩んでいた瞬間での出来事だった。
その表情には、迷いや恐怖などといった感情はまったく見受けられない。


気がつくと、体が幾分軽くなり、そして調子の良いといった気分になる。
きの「私にはこれくらいしかできませんが・・・がんばって下さい」
後ろを見ると、全員にブレッシングと速度増加をかけて少々だが疲れた表情を浮かべるきのの姿があった。
ぽん、と軽く頭に手を乗せてから、すぐさまセニアの方を向く。
アゼラス「アサシン二人は・・・まず俺が何とかする」
その言葉と同時に、再度彼等は走り出した。
すぐさま、アサシン二人が彼等三人をいかせんと走り出す。
一番先頭にいたアゼラスに向かって振るわれるや否や、とんと軽く地面を蹴って後方に飛びのく。
アゼラス「ストームガスト・・・!」
刹那、辺り一面に吹雪が吹き荒れる。
吹雪が終わった後に残るは、彼等が凍結状態になった姿であった。
アゼラス「・・・行くぞ」
二人に軽く視線を送り、止めていた足を再度急がせた。


アスナ「お姉ちゃんっ!」
そう叫んだ先には、騎士五人の猛攻を紙一重でかわす姉の姿があった。
しかし・・・鎧はぼろぼろで、やはり右から流れ出る鮮血は見るも無惨な姿である。
どうする。
この状況下で、セニアを安全にする為にはどうしたらよいか。
アゼラスは、頭をフル回転させて考えていた。
何よりも、セニアと騎士の位置が近すぎる。
これのせいで、大魔法などはまず封じられてしまった。
ならば、一体一体に決定打となる魔法を打てるか?
答えはノーだった。
仮にも騎士である彼等はとにかく耐久力があるし、そんなちまちまとやっている時間が何より惜しいのだから。
そんな考えを巡らしている内に、アスナが彼等を見向きもせずに突っ込んでいってしまった。
アゼラス「あ、アスナ・・・!?」
一瞬の出来事なので反応が出来なかった。
すぐさま、二人の騎士が手を止めてアスナに対し剣を振るう。
アゼラス「アス・・・!」
キィン!
アスナの体を切るよりも早く。
ヴィスがまたしても間に入り込み、愛用の両手剣で剣を押さえつける。
しかし、これは付け焼刃程度の効果しか現れなかった。
ヴィス「うぅっ・・・!?」
さすがに二人の剣を押さえるのは限界らしく、すぐさまヴィスは剣の衝撃に耐える事が出来ずに吹き飛ばされてしまう。
アスナと彼等を隔てる壁は無くなってしまった。
すぐさま、標的の命を奪わんと立て続けに剣が振るわれる。
アゼラス「アスナ・・・!」



こんな時、自分は酷く無力な存在だと思い知らされる事がよくあった。
今まで、思い知らされても立ち上がることが出来ていた。
何で自分は、大切な人一人守る事が出来ないのだろうか・・・
そう、問いかける事が多く。

セニア「アスナッ!!」
彼女が切り付けられるよりも早く。
走ってきたセニアの剣が、二人の剣を再度止める。
アスナ「おねぇちゃん・・・」
ここで初めて、彼女は安心という言葉が自分に戻っている事に気がついた。
あ、そうだ、まずは傷を癒さなくちゃ・・・
そう思った時であった。
アスナ「!?」
気がつくと、アゼラスの方に体が飛んでいるのに気がついた。
飛んでいる・・・否、飛ばされたのだ。
先程いた自分の位置に、セニアの突き飛ばしたであろう片手が確認できた。
何でこんな事を・・・?
その答えは、嫌でもすぐさま自分の目に入り込んできた。

ガンッ!!

先程自分が居た位置の地面が、大きな音を立てて抉られていた。
その抉られた地面には、セニアの物と思われる腕が無惨にも転がり落ちている。
その転がり落ちた腕の先は、先程と違い力強く握られていた。
アスナ「っ!!」
あそこに私がいたら、まず助からなかっただろう。
私を助ける為に、セニアは腕を捨てたのだ。
・・・腕を捨てるだけならば、良かったとも言える。
それは、アゼラスがすぐ近くに寄ってきた時起こった。


セニア「ふぅっ・・・!」
息が大きく吐かれ、その息に乗るように鮮血が彼女の口から吐かれる。
アスナ「あ、あぁ・・・」
目の前には、体を無数の剣で貫かれるセニアの姿が映った。
そもそも、騎士三人に背を向けるという行為自体が命取りとなったのだ。

それでもセニアは走った。
自分の大切な存在を守る為に。
自分の命を、投げ出したのだ。

鮮血を流しながら、自分の片腕を思いっきり蹴り上げる。
地面を滑るようにして、気がつけば自分達の目の前に腕がちょこんと佇んでいた。
セニア「その手の中に、エンペの外見をしたWISがある・・・から、それでブリちゃんを呼んで・・・」
声は途切れ途切れであった。
アスナ「・・・お姉ちゃんを助ける方が先よ!」
確かに、彼等の心情からすればそれが正しかった。
しかし・・・
セニア「貴方達は、逃げなさい・・・私が事切れるまでに、ね・・・」
それ以上は続けられなかった。
アゼラスも、そしてアスナも言葉が出なかった。

今の状況からして、自分達に矛先が向けられれば確実に全滅するからである。

何故だかは解らない。
何故か、彼等は自分達を狙わずにセニアのみを狙っていた。
自分達に襲い掛かる事はあっても、それはまるで何かの一定の決まりが作動したかのような動作でしかなかった。
アゼラスは黙り込んでしまった。
それとは対照的に、アスナは泣きじゃくりながらその無惨な手を開いてその手が守り続けていたWISを取る。
相手は、恨んでも恨みきれない奴である。



ブリジット「やっかいなことになりましたねぇ・・・」
目の前に飛び散ったプレートの残骸。
それを見た自分は、小さくも大きい溜息をついていた。
すると、突如ではあるがセニアよりWISが飛んできた。
・・・何だろう?
ブリジット「はい、何ですか?」
「貴方のせいで・・・!」
声の主はえらく感情的になっているらしく、こちらとしては今一状況が飲み込めない。
ただ、鬼気迫る何かだけは感じ取っていた。
ブリジット「・・・どういう、事ですかな?」
少しも間を空けずに、それの返答は帰ってきた。

「貴方のせいで、お姉ちゃんが・・・セニアお姉ちゃんが!」

気がついた頃には、地面を蹴って走り出していた。
ブリジット「くそっ・・・!」
どうか、無事でいて下さい・・・
そう祈る事しかできなかった自分が、恨めしかった。




後編に続く

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