ラグナロク・オリジナルストーリー第弐拾参話―禁術



眩しい光が、窓から差し込んでいる。
昼頃になった証拠だ。
それを頭で解っていても、自分は起きるつもりはないが・・・
寝れる時にしっかりと寝る。
非常に大事な言葉である。
そんな事を思いながら再度深い眠りにつこうとした時、不意にドアの方からドアが開く音が聞こえた。
相変わらず気配を消すのは巧い・・・が、この平凡な状況ではかえって目立つ気もする。
そんな自分の考えをよそに、相手はゆっくりとこちらに近づいてくる。
ブリジット「何か、御用でしょうか・・・フェイさん?」
自分が起きている事に少々動揺の混じった声が上がったが、すぐさまいつもの彼女に戻っていくのが解る。
フェイ「ちょっとすまないけれど、精錬場の前まで来てもらえない?・・・話があるの」
そう自分に言い残すと、そのまま出て行ってしまった。
・・・話。
先ほどの雰囲気からして、あまり良い内容とは思いにくい。
ブリジット(・・・まぁ、行ってみれば解るかな)
そう心の中で呟き、腕を思いっきり空に向けて伸ばす。
ブリジット「あー・・・朝だなぁ」
ヤファ「・・・もぅ少しで昼ですよぉ」
端っこで丸くなっていたヤファに、さりげなく突っ込みを入れられてしまった。



着替えてから急いで精錬場に向うと、すでに人影が・・・三つ。
一つはフェイ、後はウィザードの男性と女性のブラックスミスであった。
前者のウィザードは、昨日軟体動物のような動きを見せてくれたおかげでしっかりと脳裏に焼きついていた。
ブラックスミスの方も、無駄にナイフを造っていたのを覚えている。
そんな彼等も、今日は先日と違いいたって真面目な表情を見せていた。
ブリジット「お酒は怖いですなぁ・・・」
そう、一人呟きながら三人の方へゆっくりと歩いていった。


・・・
会ってから、数分。
ブリジット「正気ですか?」
気がついたら、自分はこんな事を口走っていた。
フェイ「もちろんよ」
そんな自分を気にしないかのように、フェイはさらっと返答を返す。
・・・どうしたものか。

突如話された内容は、禁術に関連した内容だった。
どうやら、彼女はそれに手を出すつもりらしい。
・・・嫌に予想が当たったという訳だ。
でも、そんな事をするアテが彼女にあるのだろうか・・・。

ブリジット「しかし、そんなのが早々見つかるわけも」
そう畳み掛ける自分を、まるで遮るかのように。
自分に向けて、一枚の紙切れが突きつけられた。
・・・。
何で、彼女の手にこんなものが?
一般的に出回るような代物じゃない筈なのに・・・。


フェイ「その為の青さんとあゆよ」
人は足りているという訳か。
最悪の事態だ・・・。
そう、小さく呟いた。

BS「んー、基本は同じだろうから三日くらいかなぁ」
それが、どれくらいすれば造れるかと聞いたフェイに対する答えだった。
・・・三日。
それまでに止めなければ。

確実に、自分は彼女と剣を交えなくてはいけなくなる。

そう自分が考えている内に、二人は精錬場の中に入っていってしまった。
フェイ「さてっと」
二人を見送ったフェイが、こちらを振り向く。
表情にこそ表れないものの、決意はかなり固い様子だ。
そこまで・・・そこまで貴方という人は。
ブリジット「私はそんな事させませんよ?絶対に!」
そんな自分を見て、小さく微笑み一言。
フェイ「5日目の朝。この街の北に有るオアシスで」
そして、自分を残して走り去ってしまった。
ブリジット「貴方は・・・禁術に手を出した末路を知らないのか!」
そう彼女の背に向けて大きく怒鳴ったが、聞こえたのか聞こえていないのかは定かではない。
小さく舌打ちをし、急いで精錬場に入っていく。
中は・・・もぬけの殻だった。
ブリジット「・・・予想はしてたが」
一人、そこに立ち尽くすしかなかった。



泊まらせてもらった酒場に戻ると、フェイと時の姿が見当たらない事に気がつく。
一体どこに・・・?
アルテナ「あの二人ならいないわよ」
突っ立っていた自分に、そう言ってくるアルテナ。
どこへいったのかと聞こうする前に、彼女が口を開く。
アルテナ「フェイヨンで仲良くデート・・・三日間くらい空けるそうよ」
じゃましちゃだめよ?と釘まで打たれてしまった。
彼女なりの、覚悟を決める為の期間だろうか。
・・・それで、時さんをね。
我ながら、縁起の悪い事を考えているものだ。

ひとまず、部屋で落ち着くかな・・・。
アルテナ「後でご飯でも持っていってあげるから、部屋でゆっくりしてなさい」
そう、階段を駆け上がる自分に言ってきた。


部屋に戻り、ベットの上であぐらをかく。
そして、静かに目を閉じた。
ヤファ「ブリジットさん、何しているのかな・・・」
遠巻きに、心配そうな声が聞こえてくる。
鈴「・・・じゃましちゃ、だめアル」
何を感じ取ったのか。
鈴は、早くも自分の雰囲気の変化に何か気付いた様子であった。

・・・
あの紙切れに書いてあったのは、確かに"禁術"に関する内容であった。
カタールの外見をしており、強大な魔術を凝縮させるタイプ。
造り方はシンプルな部類になるが、その造る側にかなりの力を要求する。
あの雰囲気から見て、それはクリアーしていると見てよいだろう。
「深紅の宝玉」・・・どうりで、見つからない訳だ。

問題はここからだ。
あれを装備した際、まずその武器が使用者を見極めるという奇怪な性質を持つ。
つまり。

武器が、彼女を乗っ取ってしまうのだ。

そこから彼女が自我を取り戻せるかどうかはわからない。
ただ、そこから戻る事が出来なければ・・・彼女は、殺人のみを楽しむ機械と化してしまう。
そうなったら無へと帰す以外手は無くなってしまう、ということだ。

もし、自我を取り戻す事が出来れば晴れて大きな力を手に入れる事が出来る。
・・・自我を取り戻せれば、だが。


しかし、もし自我を取り戻したとしても。
私は、彼女を実際殺さなくてはいけなくなってしまう。
それは、あくまで彼女がその武器を手放さなければ・・・の話だが。

解っている。
その場合は、手放す事などありえないなんてことも。

・・・くそっ。
実際は・・・本心は、そんなことはしたくはない。
でも。

自分には、それをやらなければならない理由がある。


ゆっくりと眼を開き、自分には不釣合いな厳しい視線を前方の何も無い場所に向ける。
ブリジット「やることはやってみせる・・・たとえ、それが我が意思に反する事だとしても」
一人、そう呟いて。



期間は三日間程度。
彼女が席を外しているという事は、つまりその間はあの武器は造られないと予想しての話だが。
実際もっとかかるはずなのだが、それは彼等の造る側の力と言えよう。
随分と有能な友人をお持ちのようだ。
ブリジット「色々当たってみますか」
ゆっくりと、重い腰を上げた。

ヤファ「私達も、手伝いますっ」
そう、外へと行かんとする自分の後ろから声が聞こえてきた。
明るく、奥に秘めた強い意志がわかるような声。
その内容こそ困るものではあるが、逆に嬉しいという感情も生まれている。
ブリジット「どうぞ、捜索だけならご同行も平気でしょう」
言い終わると共に、後ろからばたばたとした音が聞こえる。
ブリジット「・・・置いてくよー」
鈴「ちょ、ちょっと待つアルー!」
自分を必至に止めようとする声が、部屋に響き渡った。



ブリジット「・・・」
あれから二日が経ってしまった。
モロクの街中を始め、その周辺のいたる所を三人で探し回った。
だが、彼女等の存在はどこにも確認されなかったのだ。
鈴「多分、他の所にいるんじゃないアルか?」
そう、がっくりとうなだれる自分を見ながら一言。
・・・だろうな。
心の中で、そう呟く。
外では、二日じゃ足りなさ過ぎる・・・。
アルテナ「はい、お昼ごはんよ」
自分の目の前に、大きな腕とおいしそうな食事が映った。
横をちらっと見ると。鈴もヤファも目を輝かせている。
・・・食事の時くらいは、明るくいこうかな。
そう思った時、不意に入り口から騒がしい音が聞こえる。
そこにいたのは、見知った二人組。


フェイ「ただいま〜」
開口一番はフェイ。
その後ろから、いつも通り落ち着いた雰囲気で時が入ってくる。
入ってくるなり、自分の方を向くフェイ。
・・・自分というよりも、ヤファと鈴を見ている気がする。
ブリジット「おかえり〜」
フェイ「このロリコン!!」
ブリジット「ええええええ!?」
突如、放たれた言葉に声を上げてしまう。
ブリジット「ち、違いますよ!?」
立ち上がり、慌てて手を振るがフェイはまったく取り合ってくれる素振りを見せない。
ヤファ「ろりこん、って何ですか?」
鈴にでも聞いているのだろうか。
ヤファが、神妙そうな声を上げている。
鈴「後でしっかりと説明してあげるアル♪」
うきうきとした、明るい返答。
・・・鈴は、一体何を教えようとしてるんだろう。
後で、ちょっと言った方がいいかもしれない。
フェイ「冗談よ」
そう、さらりと困惑する自分に言い放つ。
まったく、この人は・・・
ブリジット「あなたの場合、冗談に聞こえないから困ります」
フェイ「どういう事かしら?」
心で、呟いたつもりだったのに。
気付いたら声に出してしまったらしい。
ブリジット「そ、それはさておき、お二人で楽しんできたみたいですね〜」
そういうと、微妙なのだがフェイの表情が変わるのに気がついた。
・・・逃げ切れたな。
そうした確信が自分の中で生まれた。

アルテナ「あんたら、さっさとこっち入りな。今日は飲むよ」
今までの光景を見ていたアルテナが、ジョッキを出しながら叫ぶ。
夜でもないのに、随分と豪快にいくもんだと感心してしまう。
ブリジット「あなたにはまんまと騙されましたよ」
少し口をつけたフェイのみに聞こえるように、小さく呟く。
実際には予想はしてたが、騙された事に変わりはない。
フェイ「あら、何のことかしら」
そう言いながら、自分に笑顔を向けた。
・・・。
ブリジット「あの二人は今どこにいるんです?」
フェイ「ひ・み・つ」
その表情のまま、指を左右に振る。
・・・軽くあしらわれてしまった訳だ。
このまま話しても無駄と判断し、ゆっくりと店を後にする。
ブリジット「・・・どうしたもんかな」
後ろで焦りながら自分の後を追う二人を尻目に、モロクの街へと繰り出した。



次の日の朝。
珍しく早く起きた私は、お茶でも飲もうかとカウンターを目指していた。
ちなみにヤファも鈴も、疲れているのかまだまだ熟睡している。
昨日も、歩き回ったし当然といえば当然かもしれない。
・・・。

ブリジット「おやおや、おはよう時さん」
時「おはよう、ブリジット殿」
予想とは違い、先客が座っていた。
いつも通りの挨拶を交わし、アルテナに冷えたお茶を頼む。
アルテナ「いっそアイスティーにしたらいいのに」
そう、面倒そうな表情を浮かべながら一言。
ブリジット「紅茶は苦手なんですよ」
そう、苦笑ぎみで返した。
あれは・・・どうも、口にあわない。
そういう自分を見ながら、じじくさいわねとアルテナに言われてしまった。
・・・ぬぅ。

出された緑茶に少し口をつけたときだった。
時「ブリジット殿、今日はどちらへ?」
いつも通りの会話。
しかし、今日は間が悪かったと言わざる終えないかもしれない。

先ほど、あの二人が出て行った後をフェイが追いかけていったのだ。
多分、作成経過でも確認しにいったのだろう。
それを追いかけるつもりだったのだが・・・。

これを彼に言う訳にもいかないし・・・。
ブリジット「スフィンクスダンジョンかな」
誤魔化すに、これほど説明のいらないものはあるまい。
時「また青箱か・・・」
予想通り、ふぅ・・・と小さく息を吐く時の姿。
解っていたものの、やはり歯がゆくないといえば嘘になる。
ブリジット「にゃはは、あれは浪漫だよねぇ」
そう、何と言われようがあれは浪漫に変わりはない。
率直な意見を時にぶつけた。
時「ブリジット殿、私もお付き合いします」

げ。

病み上がりだったので、さすがに付いて来るまでは予想外だった。
焦りながらどう返答するか迷っている時、不意にドアの空く音がする。
そこには、呆け気味のフェイの姿。
手には、白い布で巻かれた何か。
そんなフェイに、時がゆっくりと近づいて何やら他愛も無い会話をしている。

・・・。
あの雰囲気。
そして、あの塊から発せられていた気。
これらからみて、あれが出来上がったとみて過言ではないだろう。
もう、完成したとは・・・

ブリジット「遅かったか・・・」
そう、呟く自分に少し疑問を抱いたのか。
時「ブリジット殿は何か知っているのか?」
時が、自分にそう問いかけてくる。
ブリジット「実は・・・」
フェイ「二人そろって何の話をしているの?」
突然、頭上から声が降りかかってきた。
・・・。
あくまで、時には教えるつもりはないということか。
ブリジット「いや、これから青箱狩りに行こうと話をしていた所ですよ」
出来てしまった以上は、もう探す必要性もない。
言った事を実行するだけである。
フェイ「楽しそうね。私もご一緒しようかしら」
先ほどの雰囲気はどこへやら。
いつものフェイに戻っていた。
時も、そんなフェイを見て安堵の表情を浮かばせる。
ブリジット「じゃぁ皆でいきましょう〜」
そう声を上げて、三人スフィンクスダンジョンを目指した。



・・・。
青箱は三個、出た。
中身は蝶の羽。
もはや、これはいじめだと思うのはいけない事なのだろうか・・・。
これでいつもなら凹んで終わるのだが、今日はそういう訳にもいかない。
ゆっくりと、一人カプラ譲の所へ近づいていく。
ブリジット「すみません、引き出したい物が・・・」


夜。
青箱の中身をヤファと鈴に言い、慰められた後。
不意に、こちらに背中を向けながら口を開いた。
鈴「明日・・・行くアルね?」
言わずとも、彼女にはもう解っているらしい。
ブリジット「あぁ・・・行くよ」
いつもよりトーンを下げた、低い声。
ヤファ「・・・行くって、どこにですか?」
雰囲気を感じ取ってか、ヤファが自分に尋ねてきた。
ブリジット「・・・殺し合いにね」
ヤファ「っ!」
直球なその言葉に、ヤファが出そうとしていた言葉が引っ込んでしまう。
自分の顔も、いつも通りの微笑をたたえていることであろう。


そう・・・自分は、明日殺し合いをするのだ。
友人を、殺しに。
苦悩や葛藤などで、考えるのはやめた。
その、つもりだったのに。

鈴「そう言って・・・自分の意思に反して、戦うアルか?」
鈴の言葉が、ぐさっと自分の胸に突き刺さる。
鈴「頭で解っているとかいって正当化しながら、戦うアルか?」
・・・やめろ。
鈴「自分を悪者にして・・・感情を犠牲にして・・・尚も同じ様に戦うアルか?」
・・・やめてくれ。
鈴「もう解っているはずアル!ご主人様はもう・・・自由なのアルよ!」
やめろ!
ブリジット「うるさい・・・!」
鈴「!」
突如硬直し、がたがたと足を振るわせる。
片目を手で覆い、半眼だけを向けている。

威圧。
それから逃れられる事に出来ない彼女は、震えて自分が他に対象を移すのを待つことしかできない。
常人の人間なら気を失っている程度のだが、魔物だからこそ意識を繋いでいるといっても過言ではないだろう。
とはいえ、魔物であろうと気を失ってもいいぐらいのはずだ。
しかし、彼女は拳を力強く握り締め、自分を見つめていた。
その目から涙が流れ、それでも尚視線を外さない。
その視線がひどく痛く、苦しい。
自分が一体何がしたいのかさえ、解らなくなってくる。
私は・・・何をしたいんだ・・・?

ブリジット「私は・・・俺は・・・」

パンッ

静まり返った夜の部屋に、乾いた音が鳴り響く。
右の頬が、ひどく熱い。
我を取り戻し目の前を見ると、目の前にはヤファの姿。
そして、自分の頬を叩いたと思われる小さな手が映った。
涙で目を濡らしながら、大声で叫ぶ。
ヤファ「なんで・・・なんでそうやって自分だけですべてを背負い込もうとするんですか!」
ブリジット「・・・」
ヤファ「私達は、ただ一緒にいるだけなんですか!?」
違う。
そう声に出して言いたかった。
ヤファ「もう少し、私達を信用してくれたっていいじゃないですか!」
自分は・・・彼女達を信用していないのか?

ヤファ「そんなの・・・辛すぎます!」
その言葉を最後に、泣き崩れてしまう。
ブリジット「ヤファ・・・」
いつもなら、慰めてあげられる。
しかし、今の自分にはその権利さえない。
鈴「ご主人様は、いつも本心を誰にも明かさない・・・見ていて心配アル」
後方から、か細い声が耳に入ってくる。
鈴「いつも一人で悩んで、いつも一人で解決しようとして・・・今のご主人様が見せてくれるのは仮の姿だけ」
そう言いながら、ふらふらと自分の方へ近づいてくる。
鈴「絶対にとは言わないアル、でも・・・もう一度、心を開いたご主人様と話がしたいアル・・・ね」
言い終わると同時に、こちらに向かって倒れかかってきた。
何とか、彼女の体を支える。
その体は、ひどく軽かった。

・・・心を開いていない、か。
ブリジット「ごめんな」
そう言って、二人の頭に手をゆっくりと置く。
ブリジット「・・・ごめんな」
何度も、その言葉を続けて言っていた。



何時間たっただろう。
意識を取り戻した鈴が、こちらの顔を見上げていた。
鈴「もう少し、私達の事も考えてくれると嬉しいアル」
・・・二人の事を考えずに、行動していたか。
ヤファ「心配する側の方が、辛いですから」
そういって、苦笑気味に笑ってみせた。
・・・だめだな、自分も。
そこまで心配をかけておいて気付かない自分の不甲斐無さという後悔の念が、取り巻いている。
ブリジット「ごめん・・・これからは、気をつけます」
そういって、深々と頭を下げた。
・・・でも。
顔を上げると同時に、真剣な表情でヤファを見る。
ブリジット「でも、彼女のところには行くよ」
これは、何物でもない自分の意思であったから。
ヤファ「・・・そうですか」
そして、うつむいてしまう。

これはもう予想していたのだろうか。
ヤファも、止めようとはしなかった。
すると、何か意を決したかのような表情で顔を上げる。
ヤファ「私も、連れてって下さい」
自分が次の言葉を言うよりも早く。
ヤファが、そんな事を言ってきた。
声は低く、強い意志が後ろに伺える。
ブリジット「それはできない」
そう言ったものの、ヤファはまったく引く姿勢を見せようとはしない。
ヤファ「・・・でも、ブリジットさんの役に立ちたいんです!」
・・・言葉では、無理か。
そう判断出来るほどに、ヤファの目は真剣味を帯びていた。
無言で背中に掛けてある一本の両手剣を、ゆっくりと抜き出す。
禍々しく、黒い外見上の両手剣。
そして、ゆっくりと両手剣を明後日の方向に向けた。
ヤファ「!!」
突如、口元を押さえながら後ろの方に顔を向けるヤファ。
そんな姿を確認しながら、ゆっくりと鞘に剣を戻す。
ブリジット「解りましたか・・・私が行こうとしている所は、そういう所です」
ヤファ「・・・」
ヤファは、何も答えなかった。
ブリジット「今の剣でわかったでしょう・・・そんな所に、ヤファを連れて行く訳にはいかない」
そう、ヤファに言い放った。

先ほどの両手剣。
それは、今まで事あるごとに自分と運命を共にしてきた愛剣の一つ。
己の身が危険だと判断したのみ、自分はこれを使用するようにしているという奇怪な剣。
つまり、死地を一緒にしてきたという訳だ。

ヤファが顔をそむけたのは、モンスターであるが故「死の匂い」に敏感な為である。
この剣で自分は、過去に数え切れない程の人を切り伏せているからだ。
何千・・・何万という数を。

この剣は、通常の両手剣より性能・・・つまり力が大きく、世に出すのはあまり良くないと判断している。
それだけ、自分はこの剣を危険視しているのかもしれない。


逆に言うのならば、今回のような例外を除いてはまったく使う事のない代物といえる。
できれば、使いたくはない代物だ。

もし、今回これを抜く時があるとしれば・・・。

それは、フェイがこの世から無くさねばならない存在となった時のみ。
今回も、そのためにもってきた代物だったが。
・・・これは今回使う事はないだろうな。



ブリジット「ヤファと鈴の話で決めた事があるんです」
もう、迷いはない。

ブリジット「フェイさんは殺さない。私も、フェイさんも生きてここに戻ってきますよ」
そう、笑顔で二人に告げた。
返答は無い。
その代わりに、笑顔でヤファは返してくれた。


やはり、私にこの役目は果たせそうにない性格のようですね・・・。


ブリジット(すみません)
そう、心の中で呟いた。



あの後ヤファもその言葉に安心したのか、着いていくという注文はあっさりと引き上げてくれた。
彼女なりの、一種のだだこねだったのだろう。
ただ、鈴が反応しないのは非常に気がかりなのだが・・・。
ブリジット「鈴ー?」
そう言って、真下にいる鈴の方に顔を向けた時。
鈴「・・・いただきっ」
ブリジット「え?」
一瞬であった。
次に自分の目に映ったのは、ほんのり赤みを帯びた鈴の閉じた目。
息が出来ない。
そこで気がついたのは、唇が塞がれているという事実。

ヤファ「な、何やってるんですか!」

その光景を見ていたヤファが、突如大きな声を上げた。
その顔は、かなり赤みを帯びていた。
・・・。
ゆっくりと、鈴の顔が離れていき一言。
鈴「ごっちそーさまアルゥ〜」
唇には、生暖かい感触。
・・・。
ブリジット「!!!!」
気がついた時には遅かった。
真っ赤になって口の辺りを押さえる自分を尻目に、鈴は機嫌良さそうに鼻歌を歌う。
鈴「さっきのお返しアル、これでおあいこアルよ〜」
そして、にっこりと笑った。
・・・やられた。
鈴「・・・絶対に、言った言葉は守るアルっ」
そう、離れ際に一言だけ残して。



ヤファ「だ、だったら私だって」
小さく前方でぐっと力強く拳を握る。
彼女なりの決意を固める仕草か何かだろう。
・・・って。
ブリジット「ちょ、ちょっと!?」
冷静に分析している場合ではなかった。
そう考えている間にもヤファとの差はなくなってしまい、近距離まで近づかれてしまう。
ヤファ「ぶ、ぶ、ぶ、ブリジットさん!」
何度か躓くような、そしてやっと出た言葉。
普段なら笑う所なのだろうが、状況がそうさせてくれなかった。
苦笑しながら後退はするものの、このような格好では依然として状況はよくなってくれない。
ヤファの真っ赤になった顔が、じょじょに近づいてくる。
ヤファ「あのぅ・・・そのぉ・・・わ、わ・・・私じゃ、だめですか?」
恥かしさのあまり涙で目を少し潤ませながら、自分を見上げるような状態での一言。
そのあまりの異様な状態に、自分の頭がじょじょにおかしくなっていくのがわかる。
ブリジット「あ、あのねヤファ、だめとかいいとかそういう訳じゃなくて、あのそのね?」
これはもはや持久戦だ。
どちらかが折れるかの持久戦に違いない。
しかし、いとも簡単にこの持久戦は終わってしまう。


ヤファ「や、やっぱり恥かしい!」
真っ赤な顔のまま、突っ込むかのようなスピードでベッドに潜ってしまう。
狐ならではの俊敏さといえよう。
ヤファ「えぅ〜〜〜〜」
ベッドの中からは、ヤファのうめき声が聞こえる。
助かったという安心感から、地面にゆっくりと倒れこむ。
鈴「ちぇっ、だめだったアルか」
・・・。
ブリジット「・・・鈴、何かヤファに入れ知恵でもしたのかい?」
疲れからあまり明るい声が出せなかったので、幾分抑制した声で喋る。
鈴「はいアル、ご主人様の弱点克服と私とのラヴラヴ生活の為にヤファ様にもちょっと協力を・・・あいたっ!」
気付いたら、鈴の頭を殴っていた。
・・・どおりで、ヤファの雰囲気がおかしいと思った。
引っ込みじあんの彼女が、あそこまで自分で出来るとは思わなかったからだ。
そりゃぁ、前以降少しは自分を出せるようにはなったけど。
にっこりと笑顔を向けながら、鈴の肩をぽんと一叩きする。
ブリジット「すっずぅ〜」
あえてわかるように手の関節を鳴らせながら笑顔を向ける。
肩は、つかんだまま離ない。
鈴「な、何アルかー?」
当の鈴は、引きつった笑顔で返答を返した。
すーっと息を吸い込み、鈴を睨みつける。
ブリジット「天誅!もとい天罰!」
鈴「わ、わぁーーーー!止めるアルーーー!!」
鈴の悲鳴が、夜のモロクに響き渡った。



・・・日が、昇った。
一睡もしなかった自分は、外の明るさに機敏と反応を見せる。
ゆっくりと、二人の方を向く。
鈴「う、うぅ〜・・・ご主人様、も、もうこれ以上は・・・」
なにやら苦しそうに、うめき声をあげる鈴。
・・・自業自得だ。
逆にヤファは、安らかに眠っていた。
ブリジット「・・・準備するかな」
そう独り言を呟きながら、まずは肩に手をかける。
そして、するっと一瞬にして巻いてあった包帯を取った。
ブリジット(うぃ・・・くっついているね)
その肩は、前の切れた状態を忘れさせるくらいの状態にまで戻っていた。
次に、片目の包帯を取ろうとする。
先ほどと同じ様に、すぐさま包帯はするっと抜けていく。
しかし・・・
取ったのは良いが、縦に切られた証拠がしっかりと刻み込まれていた。
あげくに、それのせいで目を開けにくい。
ブリジット(これで気を取られるのもまずいし・・・いいや、包帯付け直しておこう)
さすがにそのままにするのも何なので、再度巻いておく事にした。
多分平気だろう・・・多分。

そして、近くにある両手剣を拾って背中に掛ける。
一、二、三、四・・・計四本の両手剣が背中にぶら下がった。

このような事態の時のみ、自分の本来在るべき戦闘状態に戻す。
そう、自分は本来四本の両手剣を駆使して戦う戦法を主体とするのだ。
自分がギルド名に四の名を付けたのも、これが原因だったりする。
今回で唯一違う所は、背中に掛けてある両手剣の種類。
殺傷のみを狙うのならばいつもの装備でいくが、今回は違う。

今回は殺すのではない、救いにいくのだ。

それだけに、背中の武器はいつもと違うものになっている。
・・・ただ、一つだけ。
黒い外見をしたあの両手剣のみ、入れている。
これは保険だ。
使うつもりは・・・ない。



ブリジット「さて、と・・・いきますかな」
そう言って、荷物を持ったブリジットさんはドアノブに手をかける。
声を掛けたい。
繋ぎ止めて置きたい。
そうしないと、ブリジットさんがどこかにいってしまいそうで。
私の目の前からいなくなってしまいそうで。

突如、前にあった地下の出来事が頭の中を駆け巡る。
胸に剣が刺され、冷たくなったブリジットさんの肌。
地面に広がる鮮血。

やだ・・・やだやだやだやだ!!
そうしたら私は・・・どうしたらいいの?
ブリジット「やーふぁっ」
フェイ「え?」
気がつくと、目の前にブリジットさんが立っていた。
ごしごしと目の涙を擦る。
ヤファ「あ・・・」
気がつくと、頭をゆっくりと撫でられている事に気がついた。
とてもくすぐったい。
ブリジット「私は絶対に戻ってきますよ」
そして、小さく自分の頬に口付けをして後ろを向く。
・・・。
えええええええ!?
ブリジット「ま、なんですか、これでヤファも落ち着けるでしょう」
頬に手を当てて赤くなる自分に背を向け、ドアの方にゆっくりと歩いていく。
ブリジットさんのマントが、大きく広がり揺れている。
ヤファ「あ、あの・・・!絶対、戻ってきて下さいね」
ブリジット「・・・りょーかい」
そう力強く言い残して、部屋を後に出て行ってしまった。



ブリジット「・・・ふむ」
ペコペコの跨りながら、ゆっくりとオアシスの方に走らせる。
その間、自分はちょっとした考え事をしていた。

禁術に意識を奪われ、体を奪われてからは使用者の精神が試される。
精神の根本的な力を司るは、意思。
意思の強さ次第で、彼女はこの世にもあの世にも行ける状況となる。

あの世とこの世を繋ぎしものは、現世における強き意思。
この世に戻るも、あの世に行くのも彼女の意思。
・・・この世の掛け橋となるんは、彼女にとってかけがいのない、大切な存在。
戻らんとするその意思は、強き邪念の意思、そして純粋無垢な一人の女性としての意思。

ブリジット「時さん、それに玉藻前さん、ですか・・・」
正直不器用な人だと思う。
よりにもよって、この世に留まるきっかけとなる人物が大切な人であり、もっとも恨むべき人なのだから。
しかし、それを選んだのもまた彼女の意思。
自分がとやかく言う所ではない。
ブリジット「それもまた一興、ですか」
小さくため息をつきながら、ペコペコを走らせた。
ブリジット「間に合ってくれるといいが・・・」
これが終わったら、少し彼女を文句の一つでも言おう。
ついで時さんとの関係辺りを突っついて、一泡吹かせてあげよう。
・・・貴方が逝くには、まだ早すぎる。

貴方には、戻れる場所があるのだから。

自らその幸せを。
無碍に手放す事はないじゃないですか。

たとえそれが・・・どういった形で繋がっているとしても。
ブリジット(フェイさんは知らないでしょうがね・・・)
これは私が介入すべき話ではない。
私がいうのではなく、フェイ本人が自分で気付かなくてはいけない事なのだから。

ブリジット(貴方が何をしようと、私の知った事ではありませんがね)

私は常に影で存在せねばならない存在。
見張る程度しかする事は許されない。
でもまぁ、まずくなったら止めには入らせてもらいますがね・・・。

帰れる場所、幸せか・・・。
彼女は不釣合いだとか言いそうだが、それがあるのは紛れもない事実。
羨ましいものだ。
・・・こんな事いうと、ヤファと鈴にまた泣かれてしまいますか。
今は自分にもあるのだから・・・
ブリジット「私に、帰れる場所がですか・・・ははっ」
気がついたら笑っていた。
それが、一体何故出てきたのかも解らず。
ただ一人、笑っていた。

キッと前方を見、目指すべき先・・・オアシスを見つめる。
重くは考えず、自分のやりたいようにやらせてもらおう。
そうでないと、自分らしくない。

ブリジット「うーし・・・いっちょ、ばしっと決めてやりますかねっ」
そう、高らかに宣言して。



途中で、前方にかなり大きめの人影が道を塞がんとしていた。
・・・。
「悪いが、この先は通せねぇな」
そう自分に言い放ちながら、立っていたのはカタリナであった。
現役中の装備であろう物に身を包み、巨大な斧が印象的な装備だった。
引退した身であろうとも、風格、そしてその雰囲気からかなりの手馴れである事が伺える。
彼がこうしてここにいるというという事は・・・。
ブリジット「フェイさんに頼まれたのですね」
それしか思い当たる節がないのだ。
カタリナ「ああ。アンタを止めてくれってな」
あくまで自分一人で、すべてを終わらそうとするつもりなのだろう。
・・・甘い。貴方がそんな簡単に思っているほど、禁術の類は・・・。
ブリジット「・・・私を止められるとでも?」
急ぐべきと判断した私は、ハンクに向けた同程度の威圧を彼にぶつける。
・・・とはいえ、やる前から結果がわかっていてやったのかもしれない。
カタリナは微動だにせず、戦斧をゆっくりと構えた。
成る程、といったところか。
引退しても尚これだけの力・・・現役はよほどの実力者だったに違いない。
避けて通るのは無理だと判断し、ゆっくりとペコペコから降りて両手剣を抜く。
・・・一本、使う剣はツーハンドソード。
普通の店で売っている、何の変哲もないツーハンドソードだ。
ブリジット(なるべく力は使いたくないんですけどね〜・・・それ故、これで丁度いいでしょう)
そう、心の中で呟いた。
前方に向けて剣を横振りする。
ビュッ・・・大きな音を立てながら、風が切られる音がした。
ブリジット「・・・殺しは、しない」
小さく溜息をついた後、二人は駆け出す。

ブリジット「すみませんが、押し通させてもらいます!」
カタリナ「おぉぉぉぉぉぉ!!」



〜つづく〜




あとがき
こんにちわ、いかがおすごしでしょーかぁぁ〜、鰤です。
めずらしく長い一話となりました。
もといいつもの一話が短いだけなんですがね・・・。

今回で、澄様企画の魔剣編がスタート致しました。
それに伴い、鰤の本当の姿が垣間見れるようになってきましたね。
魔剣を使用したフェイは、今後一体どのようになってしまうのか。
黒い外見をした剣を持ち、禁術の事を知り、そして本来在るべき戦闘の姿に戻った鰤。
そして最後にいった、謎のフェイさんに関わる言葉。
彼は何を知り、一体どんな存在なのか。
引張りまくりな状況ですが、どうぞ御付き合い下さいませませ。

余談ですが、後半のやり取りは澄様の方に対抗意識を燃やした管理人の小さな小さな反抗心の表れが元です(ぁ
さらりと流してもらえるとこれ幸い。
痛い奴だと思ったら凹むだけなのです。
_| ̄|○ 

それでは♪


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