ラグナロク・オリジナルストーリー第弐拾四話―転機


「はぁ・・・はぁ・・・」
薄暗い建物の中で、一人の女性の荒い息遣いが聞こえる。
「何よ、あれ・・・」
手にした杖をぎゅっと握り締めながら、辺りをしきりに見回す。
表情は不安げで、外見はぼろぼろだった。
「ひっ!」
何かを見つけたのか、その女性からは恐怖の入り混じった声が発せられた。
「いや・・・こないで、こないでよ・・・」

腰を抜かしてしまったのか、ずるずると体を後退させながらその「何か」を見つめている。
そんな女性の意思とは正反対に、その「何か」はスピードを出しながらこちらに向ってきている。
周りに人はいない。
いるのはこの女性と、その「何か」のみである。
「い、行き止まり・・・?」
背中が、壁であろうものにぶつかって寄り掛かる形となる。
左右を見渡しても、前にしかもはや道はない。
ただ、少し前に歩ければ右の方に通路があった。
その少しが長くて、長くて。
そんな事を考えているうちに、その「何か」は一層その女性との距離を狭めてくる。

だめ・・・このままじゃ私、死んじゃう!

気力を振り絞り、壁を支えに何とか立ち上がる。
脚は、情けないががたがたと震えていた。
「間に合って、お願い・・・」
ゆっくりと、されど急いでその曲がり角まで壁伝いで進んでいく。
「何か」は急接近をしていたものの、まだ多少は距離はある・・・時間さえ、あれば!
「後、もう少し・・・」
後数歩進めるまでの距離まで、何とかたどり着く事が出来た。
ここを、曲がって逃げなくちゃ・・・!
それと同時だった。

クアァッ!

「何か」がいる方向から、大きな音が聞こえた。
その方向を向くと、「何か」はもう近くまで来ておりその小さな体から黒い塊が自分を飲み込まんとしていた。
「い、いやぁっ!」
と、同時のことだった。
黒い塊が自分を飲み込むよりも早く。
その角から出てきた人影が、代りにその黒い塊を受け止める。
受けたのも束の間、手にした剣でその「何か」に一撃、一撃と攻撃を入れていく。
攻撃を受けながら、「何か」がその体を大きく宙に浮かしながらその人に特攻をしかける。
「ちぃっ」
舌打ちと同時に、体を捻り一回転でもするかのように水平に剣が振られた。
キキッ・・・
その「何か」の中から黒い塊が空中に浮いて散乱する姿。
そして。
なぜか視界が悪くなり、意識がじょじょに遠のいてくる・・・
「あ・・・」
その人影の「やってしまった」と言わんばかりの声が聞こえた。



ユキ「な、何すんのよあんたー!」
思いっきり布団を跳ね除けて、ベットから起き上がる。
しかし。
ユキ「あ、あれ・・・夢?」
辺りを見渡しても、あるのは見慣れない風景。
あ、そっか、私孤児院の所に泊めてもらってたんだっけ・・・
昨日の経緯を思い出して、ゆっくりとベットに座り込む。
その座った所には夢のせいなのだろう・・・汗でしわしわになったシーツがあった。


ユキ(思い出してみれば、あの時助けてもらったのがあいつとの初めての出会いだったのよねぇ・・・)
服を着替えながら、先ほどの夢を再度思い直していた。

自分が初めて入ったダンジョン、それはモロクの街の近辺に位置する「ピラミッドダンジョン」
一階から四階まで存在しており、今を彷徨う不死系のモンスターが多数存在している。
四階には別名「不死の王」・・・オシリスが存在している所だ。
さらに地下も存在しており、さまざまな強力モンスターの巣窟と化している。

そこで私は暑さよけがてら「ハット」という装備が欲しくてあそこの一階に潜り込んでいた。
一階には初心者にはきついが少し鍛えれば戦える敵が存在し、その中で私はきのこのモンスター「スポア」を狙っていた。
スポアは私の欲しい「ハット」を所持しており、気をつけていればまず危険にはならないだろうと思っていた。

が、その甘さがいけなかった。

だいぶ戦っていて、その「何か」・・・そう、名はミミック。
宝箱の外見をしたモンスターであり、このフロア―には不釣合いなほどまでの強力な力を持ったモンスター。
稀にこのフロア―にいるらしいが、運の悪い事に私はミミックに出会ってしまった。
少しは鍛えて力はあるものの、当初の私に到底ミミックに勝てる力など無いに等しかった。

もう駄目かと思った。
死を、覚悟せざるえなかった。

そんな時であったのがあいつだ。
咄嗟に自分の前に出て、あの攻撃を臆そうともせずにその体で受け止めた。
騎士は他の職よりも体力がある事で有名だが、それでもミミックの攻撃はかなりのダメージを負う筈。
それでも、助けてくれた・・・。
勢い余ったあいつの剣のせいで意識を失うはめになったけど。

その剣が当たったおでこをさする。
当然当初はもう勢いがほぼ止まった状態でぶつかったため、タンコブが出来る程度のものだった。
それ故に、時間の経った今ではもう跡形もなくなっている。
ユキ「あいつ、元気かな・・・」
そう言ってから、はっとして顔を振る。
ユキ「な、何であいつの事なんか私が心配しなくちゃいけないのよ・・・」
言葉ではそうは言ってみたものの、胸がチクリと痛む。
あいつの声はWISで聞いてはいたが、姿を見ないで結構な時間が経っている。
その過程で私が知ったのは、あいつが何かを隠しているという事。
それに追い討ちをかけるように、さまざまな噂・・・そして、アゼラスの話。

アゼラス「忘れる・・・ものか・・・あいつの、顔・・・鮮血にまみれた、狂気に歪んだあの表情・・・」

そんな事、そんな事ある訳無い・・・!
だってあいつは、あいつは・・・

「きゃぁぁぁぁ」

考えを遮るかのように、突如悲鳴が辺り一面に響き渡る。
今の声は・・・アリス!?
掛けてあった杖を咄嗟に手にとり、下に向う階段を駆け下りていく。



アリス「あ、あわわ・・・」
腰が抜けてしまったので立つ事が出来ない。
「どうしたの、大丈夫?」
そう、自分に心配をかけてくれる大きな・・・大きな・・・怪しい人。
非常に筋肉質な体で、頭のてっぺんには不釣合いなうさぎの耳。
そして、ぼろぼろな装備と大きな斧。
しまいには女性的な口調、しかし外見は男。
こ、怖い・・・
返答が出来ないのも束の間、後ろの方から音が聞こえる。
ユキ「ど、どうしたのアリ・・・、いやぁっぁぁ!」
ユキ・・・?
そう考えるのと同時に、後ろにいるユキが詠唱を始める・・・そして。
ユキ「ソウルストライク!!」
その怪しい人に向って数個の光の玉が襲い掛かる。
・・・って、魔法唱えちゃったの!?
アリス「あ、あぶなっ・・・!」

「ふん!」

自分が危ないと言うよりも早く。
その大きな斧が一振りされ、光の玉が朝の光と重なって消えていく。
すごい、魔法を斧でかき消すなんて・・・
ユキ「ば、化け物!!」
怖いと言う感情をもろに含んだ声。
はぁぁ・・・とため息をつくハンク。
ハンク「落ち着け二人とも。彼は悪い奴じゃない」
そうは言ってみるものの、外見からして明様に怖い。
ユキ「悪いかどうかはしらないけど怪しすぎるわよ!!」
私の意思と同調でもするかのように、ユキの罵声が飛び交う。
そこから、その怪しい人とユキの口論が始まってしまった。
おろおろと止めたいという気持ちだけが先走ってしまって、何をすればいいかわからない。

アリス「ど、どうしよぅ・・・」



「まぁ、生意気な小娘ね!」
その言葉と同時に、後ろのユキから危険な何かが発せられている気がしてならない。
そ、それは禁句・・・!
ユキ「こ、小娘ですってぇぇっぇ!このオカ・・・」
続きを言うよりも早く。
ハンク「おっと!ストップストップ!」
何故か今の口論を傍観していたハンクがいち早い反応を見せてユキの口を押さえる。
・・・多分、この単語がこの怪しい人の禁句なんだろうなぁ。
ユキの前例がある私にとって、その計算は異様に早く終わってしまった。
ユキ「ちょ、ちょっと何よ!あいつアンタの友達かなんか?」
怒りが収まらないのか、押さえられた手をどかしながら罵声の矛先をハンクに合わせる。
ハンク「昔世話になった人なんだ、頼むから落ち着いてくれよ、な?」
・・・ハンクさんもユキの扱いになれてきたなぁ。
ハンクに言われてか、ようやく冷静を取り戻していくユキ。
一回だけその怪しい男に目を向けて、再度ハンクに視線を戻す。
ユキ「あんた、友達選んだほうがいいわよ」
そう捨て台詞のように残しながら、私の方へと歩み寄っていく。
ユキ「大丈夫、アリス?朝から災難だったわね」
アリス「あ、あはは・・・」
苦笑するしなかった。
というより、この場にあった適切な表現が見つからなかった。
すっと手がこちらに伸びていき、それに体の体重を乗せて体を起き上がらせる。

ラップ「アニキぃぃ?どうしたんっすかぁぁ?」

すぐ横の窓から、寝起きと言わんばかりの声。
眼を擦りながらラップが顔を覗かせていた。
「あ〜ら、ラップちゃん。お・ひ・さ・し・ぶ・り」

バタン。

寝起きとは思えない機敏な反応を見せて、窓の鍵かかけられる。
「もう、照れ屋さんなんだから」
笑みを浮かべながら、そう独り言のようにつぶやく。
ユキ「・・・本気でいってんのかしら」
引きつった表情をしながら、ユキがぼそっと呟いた。



「というわけなのよ」
先ほどの雰囲気とは一転して、暗い雰囲気が孤児院の一室を飲み込んでいた。
彼の名前はカタリナというらしく、モロクで酒場を営んでいるらしい。
そのカタリナから語られたのは、最近起こったというモロクの事件。
そして、フェイの今にまでいたる経緯。

イング「・・・」
話を聞かされて、まずどう表現したらよいのかがわからなかった。
フェイさんという人はハンクさんとラップさんにギルドに入る条件を提示した人。
その影響で、今自分はこの二人と行動を共にしてきた。
そして、そのフェイさんというのはブリジットさんの友人。
さらに今の話。

カタリナ「フェイは、玉藻前を殺す為に・・・禁術に手を出したわ」

禁術・・・名前のとおり、人が触れてはならない世界・・・禁忌の事である。
そんなのに手を出した人を止める為に、ブリジットさんはカタリナさんを倒してまでも行った。
そこまで彼を突き動かしているものは・・・何なのだろう?


そこからは、ハンク達の話が続けられていた。
そして。

お茶を一飲みしたハンクが、立ち上がる。
ハンク「姐さんに会いに行く。本人に直接問いただすつもりだ」
同感なのだろう、隣で座っていたラップがうんうんと頷いていた。
カタリナ「じゃあ私と一緒にモロクへ?」
同じくしてお茶をすすっていたカタリナが、ちらっとハンクに視線を向ける。
ハンク「そうさせてもらえると助かるかな」
そう、と威勢のよい声が飛ぶ。
と、ふと思い出したかのように次に視線をイング達に向ける。
カタリナ「いいわ。そこの三人はどうするの?」
突如話が振られたので、少し体を振るわせる。

ハンク「イング、俺達はモロクへ向かう。姐さんに直接聞きたい事もあるしな」

はい、と返事を返す。
とは言ったものの、正直話の内容が大きすぎてついていけないのが現状であった。
否・・・理解しなければいけない事が多すぎた。
考え込みつつ、他の二人を見る。
すると。
ユキ「私はこいつらと一緒にモロクへ行くわ」
意を決したか、威勢よくユキが声をあげる。
イング「ユキ・・・」
ユキ「カタリナ、モロクにはブリジットもいるんでしょ?」
そう振られ、カタリナは頷く。
・・・ユキも、ブリジットさん目当てのようだ。
ユキ「あいつに会って、今度こそなにを隠しているんだか聞き出すんだから!」
その言葉ど同時に、敵意を剥き出しにしながら悠々とお茶を飲むアゼラスを睨みつける。
・・・まだ、昨日の事を気にしてるんだな。
そのユキの表情、目を見ながらアゼラスが言葉の代わりに肩をすくめて見せた。
アリス「私は、イングに任せます」
アリスは、自分に任せるといってくれている。
・・・

イング「僕もモロクへ行きます。会って・・・、彼に会って話の真相を聞きたい」

ハンク「決まりだな」
ラップ「決まりっすね」
二人が、同時に声をあげる。
その声には、幾分嬉しそうな雰囲気が入っていた。
カタリナ「OK、それじゃあ今からモロクへ向かうとするわよ」
カタリナの声と同時に、一斉に全員が立ち上がる。
目指すは・・・モロク、カタリナさんの酒場。

出る間際、イングはアゼラスのところに行っていた。
イング「お世話になりました」
開口一番、お礼の言葉と同時に頭を下げる。
アゼラス「いや・・・別に、礼をされるほどの事は・・・していない」
気を使うかのように、頭を上げるよう促される。
アゼラス「一言だけ・・・気分を害すかもしれないが、言っておく」
首を捻るイングを見つめる。
その瞳は・・・汚れを知らない、澄んだ瞳。

アゼラス「事実に目を・・・背けるな・・・真実のみを、奴から聞くがいい・・・」

返答はない。
当然だ、この目の前の少年はまだ奴の事を・・・信じているのだから。
奴に恨みはあるが、この目の前の少年には恩を感じている。
しかし。
恩があろうとも、奴と対峙する事になったらこの目の前の少年であろうと・・・自分は標的にするであろう。
それだけは避けたかった。
イング「・・・お世話になりました」
返答がないまま、イングは彼らのところへと走っていく。
アゼラス「見送り・・・するか」
ゆっくりと、玄関までその脚を進めた。



カタリナ「それにしても、怖い人達だったわね」
この多人数ではお金がかかりすぎる。
それを考慮してか、歩きながらモロクへ向かうこととなった。
残念な事に、アリスのワープポータルにもモロクは無かったのでこれ以外に選択肢がなかった。

ハンク「怖いって・・・どういうこと?」
カタリナの発言が気になったのか、ハンクが軽く問い掛けてくる。
カタリナ「こう、目がギラっとしてて・・・あの雰囲気は好きになれないわねぇ」
手を頬に当てながらふぅっと小さく息を吐く。
・・・彼らは訳ありなのは確か。
それをあの短時間で掴む事が出来たカタリナが、正直にすごいと思った。
ラップ「それはそうと、姐さんの所に行こうとした際ブリジットさんと戦ったんすよね?」
ふとその会話で思い出したかのように。
ラップがハンクとカタリナの話を割るように振ってくる。
カタリナ「ごめんなさい、途中までは覚えているんだけどそこから記憶が飛んじゃってるのよ」
そういって、苦笑ぎみに笑う。
・・・

カタリナのこの服装、そしてその装備。
元ギルドの時の現役の時のフル装備。
つまり、彼は、全力をもってしてブリジットをとめようとしたと言う事か。

カタリナ「でも・・・彼、何か楽しそうだったわ。戦いを楽しんでいるような感じがしたわね」
イング「彼が・・・戦い好きに見えたと?」
次に話に入ってきたのはイング。
暑さのせいなのだろう、手で汗を拭きながらカタリナの顔を覗く。
カタリナ「私の勘の話になっちゃうんだけどねぇ・・・もう対峙したいとは思わないわねぇ」
そういってから、一瞬ではあるが体を震わせる。
・・・カタリナ程の人物が危険と察知する人、か。
アゼラスの話を信用した訳じゃない。
ただ、彼が危険だと思う人物だとそれの話も一重に違うと言い切れないものがある。
何と言おうが・・・彼は実力、風格ともに優れた人物であると自分の心の中に書いてあるのだから。
カタリナ「それにしても、イング・・・だったかしら?中々かっこいい顔してるじゃないのぉ」
二枚目ねっ、といってイングに向けて軽くウインクをする。
それを見て苦笑するイング。
・・・ちょっとそこで問題がある気もするが。


ユキ「・・・カタリナ、少し聞きたい事があるの」
後数分でモロクに着くと言う所。
辺りもオレンジ色に染まっていき、夕刻だと判断さしてくれる頃だった。
返答はなく、ただ顔だけがユキに向けられる。
ユキ「ブリジットが・・・犯罪者って話、聞いた事ある?」
思いつめた上での言葉。
ユキの表情を察してか、ふっと笑い顔を前に向けた。
カタリナ「さぁ、ね・・・ほら、着いたわよ」
目の前にはモロクの入り口である門、そして外壁が聳え立っていた。



中に入ると、すぐさま静かに一人佇むアルカナの姿があった。
カタリナ「・・・どう?あいつは」
そう問うが、アルテナは静かに首を振る。
アルテナ「ほら、席についたついた。お茶を出すわ」
そう促されて、各自が静かに席についた。
気まずい雰囲気・・・話す事を許さないとさえ感じるかのようなものがこの空間を支配していた。
アルテナ「あんた達、ここにはどれくらいいるの?」
目の前にお茶を置きながら、アルテナがこちらをちらっと見る。
ハンク「姐さんに用があります。なので姐さんが起きるまで・・・ですね」
目の前に出された紅茶をすすりながら。
ハンクが俯きがちに返答を返した。

この雰囲気。
まぎれもなく、姐さんはまだ起きていない。
話では禁術に手を出した代償ではないか、とカタリナは言っていた。
それと同時に、先程彼はこんな事を言っていた。

カタリナ「あの人・・・多分禁術とかそういうの知ってる口よ」

彼が言うには、禁術という言葉にいち早く反応を示したのは何者でもない彼だったそうだ。
フェイが、意識不明になった際も。
玉藻前という言葉が出るたんびに。
異様な程に彼は微妙であるが反応を見せた。

ハンク(どういうことか・・・)
推測の域から超える事のない妄想といわれてしまえばそうかもしれない。
ただ、酒場を長く経営している彼等の目には非常に人をみる力があると自分は思っている。
現に、少しでも異変があれば彼等はいち早く、さりげなくそれを聞いてくるものだ。
何もかもわすれ、心が安らぐことのできる酒場。
それは、つまり彼等のそのような行動があってこそ成り立っているというもの。
名物酒場として有名ではあるが、ただ単に彼等が少し異様だからでもなんでもない。
そのような、彼等の何気ないやり取りから成長してその地位に上り詰めているのだ。

それ故に、カタリナのその考えは信憑性をもたせるに値するものであると考えている。
・・・禁術を知っている、か。
やはり、彼・・・ブリジットは国に追われているっていうのは本当なのかもしれないな・・・。
もしかすれば、姐さんだって・・・


カタリナ「今日はもう遅いから・・・あんた達、今日はゆっくりと寝なさい」
そういうと同時に、ほらほら!という声が部屋全体に飛び交う。
ユキ「お、押さなくたって自分でいけるわ・・・ってわわっ!」
転びそうになる所を、アリスに何とか支えられて難を逃れる。
アルテナ「一番奥はフェイが寝てるわ。静かにするのよ」
しぶしぶと上っていく集団を見上げながら、カタリナがそう注意を促した。



ヤファ「ブリジットさん・・・どこいっちゃったんでしょうか・・・?」
ベットに腰掛けながら。
目の前で本を読みながらごろごろする鈴に問い掛ける。
鈴「んー・・・多分SDだと思うアルよ」
いつものことアルよ、と再度視線を目の前の本に戻す。
ヤファ(そうかなぁ・・・)

ヤファには気がかりな事があった。
それは時との花摘みの際。
ブリジットさんは、あの場から少し離れていたが確かにいた。
それと同時に。

何か・・・何とも表現しにくい、嫌な感じのする人が二人いた。

その人たちが消えると同時に、ブリジットさんも少ししてすぐさまいなくなってしまった。

なんだろうか、どうしても嫌な感じがしてならない。
何か悪い事が起きてないといいけど・・・

鈴「ヤファ様、人間がくるアル」
はっとして鈴を見ると、少し警戒した趣でドアの方を見つめる鈴の姿。
それと同時に、階段をあがってくる・・・五つの音。
そのうち三つは自分たちの部屋の隣の部屋へ・・・そして。

「ここね・・・」

一人の女性の声が、ドアの先から聞こえてくる。
鈴「困ったアルねぇ・・・」
こちらはお構いなしに、ドアがゆっくりと開いていく。

「あ、こんばんわ・・・って、む、ムナック!?」

まず自分たちの姿を確認し、驚きを隠せず大きな声をあげたのは後ろから入ってきた一人のアコライト。
「・・・何よあんた達」
意外にも驚かずに、冷静に自分たちを見つめる一人のマジシャン。
鈴「一応言っとくアルが、ここはご主人様が借りてる部屋アルよ」
一応あちらが落ち着いた反応を見せたので、鈴も幾分落ち着きを見せている。
「ご主人様って・・・こちらのシーフさん?」
その言葉と同時に、二人の視線が一気に自分に集まった。
あ、そうか、私今シーフの姿してるんだっけ。
ちらっと鈴を見ると、口パクで「そゆことにするアル」と何度も繰り返していた。
ヤファ「あ、はい、一応お借りしております」
すぐさま、ペコッと顔を下げた。
「あ、これはご、ご丁寧に」
あせあせと、アコライトもこちらに触発されるかのように頭を下げる。

すると、何かを感じ取ったのか急にユキがヤファへとずかずか近づいてくる。
目の前で止まるなり、ひぃーっと凝視するかのようにヤファを見下ろした。
ユキ「アンタ・・・私の声に覚えない?」
その言葉の真意が取れずに困惑した様子を見せ始める。

ただ一人。
後ろにいたアリスだけが、ユキが何を言いたいのかが判っていた。

アリス(・・・この声、ブリジットさんのWISの時聞こえてた人よね)

まずい。
その言葉だけがアリスの脳裏に流れる。
彼女の頭の中では今後展開されるであろうパターンが確実に出来上がりつつあった。

ユキ「あいつとどういう関係なのよー!」
ドガガガガガガ!
ユキがここが宿屋だということを忘れて魔法を連発する。
屋根が、窓が、ベットが・・・

アリス(こ、これはまずい!?)
このパターンは、最悪すぎる・・・
それとは対照的に、静かにユキとヤファのやりとりは繰り広げられていた。


ユキ「アンタ、ブリジットのWISの時私と話したことあるのよ・・・覚えてる?」
静かに。
アリスの予想とは反して落ち着いた感じが見受けられる。
ヤファ「えと・・・えとえとえと」
それに対し困惑したヤファは、ちらっと再度鈴の方を見る。
・・・
ヤファ(なんで私が睨まれてるのぉ・・・)
正式には、自分でなくこのユキと呼ばれるマジシャンを睨みつけていた。
まさか、まさかとは思うけど・・・

鈴「失礼。ユキさん・・・だったアルか、ブリジットというお方とはどういう関係アルか?」
そう、困惑するヤファの助け舟ともいえるような質問を投げかける。
ユキ「私はそいつのギルドのメンバーよ・・・って、何でそんな事聞いてくるのよ」
質問がいささかおかしいと感じたのか、半ば睨みつけるような視線を一気に鈴へ向ける。
その目を、まるで品定めでもするかのようにじっと見つめる。
ふぅ・・・
その静かな空間に、鈴のため息が一つ。


鈴「ならば言っても平気アルね。私たちはブリジット・・・否、ご主人様と一緒に行動させてもらってるアル」
彼女の言っていることは本当である。
そう判断した鈴が、隠すのをやめたとみていいだろう。
ユキ「・・・ほほぅ。で、その張本人はどこにいるのよ」
ピクピク。
少し苦笑いを見せながら鈴を見る。
血管が浮き出ているような気もするが気のせいであろう。
鈴「今さっきまでSDだと思っていたアルが・・・多分用事だと思うアルよ」
時間帯はもう夜というより深夜というべき時間帯。
この時間まで帰ってこないとなるとどうもSDと考えるのは変である、鈴はそう読んだ。

睡眠を何より楽しみとするご主人様が、それを放る訳がない・・・。
と、いうか。
ユキ「・・・こんな人たちといたとは、あいつの身分も高くなったわねぇ・・・」
この目の前の女性・・・ユキといったか。
確信はない。
ただ。

鈴(女としての第六感が危険信号を出しているアル・・・この人、まさか?)

と、その時であった。
バタン!
大きな音と同時にドアが勢い良く開く。
その先にいたのは大きな巨体・・・カタリナであった。
カタリナ「あんた達!いい加減に寝なさい、何時だと思ってるの!?」
開口一番、四人全員に対して声を上げる。
アリス「あの、私たちはこの人たちと相部屋、ということになるんでしょうか?」
カタリナ「そうよ、空いてる部屋がなくてねぇ・・・我慢してちょうだい」
先程とは打って変わって申し訳なさそうな表情を浮かべる。
奥はフェイさんという人が寝てる部屋、その手前がイング達・・・
カタリナ「男女混同よりはましだと思うけど。まぁよろしくやってね♪」
こちらの返答を聞く前に、開いてたドアが再度閉まる。

アリス「・・・寝ましょうか、とりあえず」
そもそもただでとめてもらってる身なのでこれ以上何か言うのは厚かましいというもの。
ヤファ「そ、そうですね・・・時間も遅いですし」
両手をパン、と叩き盗賊の人が笑顔を浮かべる。
アリス「ほらユキ、そんな怖い顔しないで寝るわよ」
敷いてあった布団へ、仏頂面のユキを誘導する。
その表情は、ユキの意識が薄れるまで永遠と続けられていた。

ユキが眠った後。
時を同じくして、ムナックの方からも寝息が聞こえてきた。
アリス「私も、寝るかな・・・」
今日はたくさんあった。
「禁術」と呼ばれる異形の物。
その過程。

孤児院の話。
ブリジットさんの、話。

・・・難しい、どれが本当でどれを信じたらよいのかわからなかった。
でも・・・
アリス「ブリジットさんに会えれば、わかるかな・・・」
そう考えながら、アリスの意識は霧となって消えていった。



彼等が酒場に泊まってから早二日が経とうとしていた。
相変わらずフェイは起きる兆しを見せようとはせず、ブリジットも姿をあらわさない。
ユキもアリスもムナックの言っていた事を信じカタリナには聞いていなかったがそれにも限界が近づいていた。
ユキ「今日の夜辺りにでもカタリナ辺りに聞こうかしら・・・っと」
そう言いながら、目の前にあったパンを一かじり。
時刻はお日様が頂点にあがる、真昼であった。

酒場ということだけあって、やはり昼間であろうともお酒を飲みにくる人は少なくない。
今も、昼ということで少し休憩を入れていたがその看板がはずされたと同時に一人の男性が中に入ってきた。
カタリナ「・・・あんた達、ちょっと買い物いってきてくれないかしら?」
その男性に一瞬だけ視線を送り、すぐさまこちらを向く。
ハンク「・・・酒ですか?」
カタリナ「そそっ、重いからあんた達全員で行って欲しいのよ、頼める?」
前にもいったが、ここにはお金を取らないで泊めさせて貰っている。
その泊めさしてくれている張本人の頼みとあれば断るわけにもいかないだろう。
ハンク「わかった、酒はいつもの所だろう・・・ほらいくぞ」
女性であろうが男性であろうがお構いなしに、ハンクが一人、また一人と外へ連れて行く。
そして、最終的にカタリナとアルテナ、そして先程入ってきた男性一人だけとなっていた。

カタリナが何かを言おうとする前に。
男性が、ゆっくりと口をあける。
「・・・旦那、ここにいないようだね」
カタリナ「ここ数日見てないわよ・・・何か知ってる?」
その男性の目の前に、冷たい水の入ったコップが置かれた。
「いないならば、情報だげ置いてこうかね」
言い終わるのも束の間、ずらっと手にした数枚の紙をそのテーブルへと並べていく。
その内の一枚目を、カタリナがゆっくりと取って顔に近づける。
その後ろでは、アルテナが少々厳しい視線でその紙の内容を見ていた。

ゆっくりとコップに口をつける。
あれから数分、読み終わったこの夫妻の行動はない。
あるのは、真剣な表情のみ。
「失礼だがこの話は信憑性がある。第三者の証言もあるし、何よりその状況を俺の仲間と一緒に見に行ってきたからな」
その言葉と同時に、少しではあるが体を振るわせた。
「ひどいもんだった・・・すまないが、旦那しかあのような芸当はできないだろう」
その言葉を聞いているのかいないのか・・・反応はなかった。


ここに泊まっていると聞いていたものでわざわざ出向いてみればこの調子。
だとすると、旦那はどこにいるんだ・・・?


カタリナ「・・・どう思う、アルテナ」
その言葉に、もはや普段使っているオカマ口調は微塵もなくなっていた。
戦場でいる時の表情。
たとえて言うのであればそのような感じだろう。
アルテナ「信じるも何も、このモロクの随一の情報屋が相手じゃ信じる方が妥当だと思うわ」
横目でテーブルの先にいる男性に視線を向けながら、アルテナはそう答える。

今目の前にいるのは、モロクで一番情報が集まると言われている店のオーナーだ。
もとより彼自身が腕利きのアサシンであり、情報の為には隠密行動だってこなすその世界では名の知れた存在。
彼の情報は無尽蔵とも言われており、その豊富さがてら彼を邪魔と思う人々は誰もいない。
否・・・利用する価値がおおいにあるので暗黙の了解がてら殺そうとする人はいないといった所か。
ブリジットの事を「旦那」と呼ぶのも、その情報探しがてらの結果色々と接点があった故だろう。


「一応言っとこうか・・・今の旦那を刺激しない方がいい。今旦那は非常にまずい状態にある」
警告とも取れる発言。
正直、彼が出向いてきて警告を促すとはこの酒場を経営してある意味初めての体験かもしれない。
「多分旦那はここに戻ってくると俺は見ている。だからこそこうして出向いてきた訳だ・・・っと、しかし長居しすぎたな」
そそくさと帰る準備を始めた。

まぁ、警告といえど彼とて暇な立場ではないはず。
言葉どおりに、持っていた書類を纏めてからドアの方へと小走りに走っていく。
「改めて言っておく。旦那を刺激しないで欲しい・・・今、旦那を刺激すれば」
ドアが開くと同時に、一旦だが言葉が途切れる。
ギィ・・・
ドアの閉まる音。
そして。

「ここモロクは・・・崩壊するぞ」


静まり帰ったモロクのとある酒場。
そこに残されたのは、静寂と、数枚の紙切れであった。



王国直属ギルドの一つ、機工旅団の上層部が全員無残な姿で亡くなっている所を発見された。
死亡推定時刻は二日前の夜から深夜にかけてだと見られている。

その死骸は、常人では見るに耐えないものが多かった。
胴体が綺麗に切られている者、首から上があるべき所にない者。
そして、何か強い強力な突起物らしき物によりプレートごと人間の人体を貫いた痕跡まであった。
その死骸の中には、このギルドのマスター「ロウレス」の姿も確認している。

表向きではモンスターの襲撃とされ、民衆の平生を取り戻そうと国側は躍起になっている様子。

しかし、我等情報の方から見てみると、どうもモンスターとは考えにくいという結論に達した。
時間帯が遅かっただけに目撃証言が少なかったのだが、一つだけ有力な情報を手に入れられることに成功した。

それは、機工旅団の生き残りの一人が話してくれた事だった。
彼の話によると、意識を失う前にあきら様にギルドメンバーでない騎士の姿を確認したというもの。
さらに、半眼だけ異様なものであったと言う事。
話によればその眼の色がおかしかったらしく、人間ではないのではないかというコメントであった。
これらから、我々はこの事件の犯人は「ブリジット」ではないかとよんでいる。

過去に起きた幾つもの事件で、彼の眼の色がおかしいという情報が多々あった為だ。

かの有名なモロクの情報屋であるあのアサシンも、そうだろうというコメントを残している。
それと同時に、彼は「今彼を刺激する事は非常に危険だ、今はそっとしておくべき」というコメントも残している。

ー諜報ギルド 報道モロク組 号外ー


この事件は、表に公表されるまでもなく闇へと消されていった・・・。



つづく




〜あとがき〜
こんばんわ、いかがお過ごしでしょうか?ブリジットでございます。
とりあえず25話終了ぅぅ〜・・・長かった(lll´Д`)
相変わらず目覚めないフェイ、姿をくらました鰤。
その波に翻弄されるイング達の運命やいかにっ!?

お、ちょっとまとまりよい感じ?(ぇ

・・・
_| ̄|○じ、次回をお楽しみに。
それでは♪
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