それは、フェイヨンにオークロードの存在が確認されフィリア達が慌て始める数時間前の出来事である。
ジュノーにて、その出来事は起こるべくして起こった。



「まて、ここから先は一般人侵入禁止となっている」
ジュノー・・・首都プロンテラから北方に位置する、辺境の地に存在する一つの大きな街。
近くには火山等が存在しており、その火山には大量の凶悪なモンスターが存在している。
ジュノー・・・本来王国と同等に栄え、しかし人の集まらない静かな街・・・

そんなところにも、王国は援助の手を緩めない。
治安維持、王国との交流を主にギルドを派遣している。
その、ギルドが見つけた一人の男性。
体中の黒き染みを付け、またゴブリンと呼ばれるモンスターの長男の仮面をつけ表情を覗う事は出来ない。
だが、それでもその全身・・・おおよそ血であろう染みからして尋常ではない事は判る。

そして、ここは派遣されたギルドの休憩場所である・・・派遣されたギルド以外は立ち入り禁止となっているのだ。
その男は止まらない。
一歩、また一歩とたどたどしい動きをしながら前へ進んでいく。
「こら、聞いているのか!それになんだその仮面は!せめて身分を明かしたらそうなんだ!」
そう怒鳴りながら、派遣されたギルドの一人が男へと近付いていく。

ポタ・・・ポタ・・・

水の垂れる音、ギギギ・・・と、何かが引っかかる音。
よく見れば、その男の仮面の下から血がぽたぽたと垂れているではないか。
もしかするとモンスター等に襲われ、ここに助けを乞いにきたのかもしれない。
近付いていった男は、先程の気持ちとは一転して心配な気持ちが強くなる。
「ああ、なら私が・・・」
そう言いながらプリーストの男性が立ち上がる。

・・・何故だろう、この胸騒ぎは。
自分が心配されているというのに、この男は身動き一つしないのが気になる。
終いには喋りすらしないとは・・・

プリーストが近くまで近寄ってきた、その瞬間だった。

「・・・フム・・・コレガ、出てク代償なノか・・・」

お世辞にも流暢とはいえない、言葉を一つ一つ繋いだかのような話し方。
もしかしたら、相当の重傷を負ってしまっているのかもしれない。
心配する中、仮面が何かの拍子に地面へと落ちる。

「な・・・!」

その男の顔を見るなり、そこにいた全員は硬直する。
傷を負ったが故の血かと全員は思っていたのだが、それは大きな間違いだった。

「だガミえる・・・私ハ一ツでハ無い・・・貴様等ハ私、私は貴様等とナりえるノダから」

眼が、なかった。
まるで吸い込まれそうなほどの奥が見えない黒・・・人はこれを漆黒と呼ぶのだろうか。
その黒き目から、紅い血がまるで涙のように流れている。

「・・・サて諸君、一つ私ト愉しモウではナいか」

チャキ・・・いつのまにか、その男性の手元には漆黒の大きな両手剣が持たれている。

そこにいた誰もの人物に戦慄が走る。
まさかこいつ、あの・・・!?

「旋律を奏でヨウでハないか、悲鳴ト言う名ノ旋律をナ・・・キ・・・キキ、キキキキキキキキキ!」

けたたましく高らかな笑いと共にその漆黒の両手剣が振るわれた。



「おーい、誰もいないのか?」
ジュノーの定期的な見回りを終えた三人が先程の溜まり場へと戻ってきた。
おかしい・・・いつもなら、ここは笑い声等騒がしい場所なはずなのだが・・・。
「お、おい、これ」
よく見れば、溜まり場のドアの下の隙間よりけたたましい血の洪水が流れてきている。
な、何をすればこれほどまでの血が流れるというのだ・・・!?
恐怖を抑え、武器を構えながらドアを開ける・・・
「おヤ、よウやく観客が来タか、待ち侘ビタぞ」
口がまるで裂けるかと思うほど開きながら、されど眼から流れる血は狂気を携えている。
男は冷ややかに、かつ楽しそうに笑った。
「・・・貴様、死んだのではないのか!?」
「道化師ハ観客ガ居なクなるマデ踊り続ケる存在、簡単に居なクなる訳が無イダろう」
ククククク・・・と、堪えたように笑う。
辺りには、ほんの数十分前まで一緒に笑っていた同志達がばらばらになって転がっていた。
「血の海」なんぞ本での表現だと思っていたが、このような状況がまさにそれなのか・・・
ゴク、と唾を飲む音が鮮明に聞こえる。
力が違いすぎる・・・かつで王国の猛者が彼に挑み、そして散っていったと聞く。
そして伝説となった「道化師・死神」等で呼ばれた史上最悪の犯罪者が今目の前にいるのだから。
「諸君、一時期人ハ空ヲ飛ぶ事ニ憧れ、翼ヲ欲しタ事があるト言う・・・アの大空に夢を描イた訳だな」
偉く突拍子な話ではあるが・・・一体道化師は我々に何を伝えたいのか。
生かされている、という奇抜な状況だけに一時の余裕すらこちらにはないのだ・・・自然と頭の回転も鈍くなる。
「そコには人固有の欲望が確実ニ存在シていタ。手ノ届かぬ物に強キ憧レを抱くノガ人ト言う者だ」
・・・確かに、人は持っていない物を欲する性質があるのは周知の事実だ。
だがそれが、現状に一体どのような意味があるというのだろうか。
「私トテ例外では無イ・・・今回コソ、私は全テを手に入レテ見せる。嗚呼、全テをだ・・・!」
すっ・・・と、道化師が立ち上がる。
その背中には、何か不自然なものがあるような・・・
「私は今回貴様等ニ用ハナイ・・・ダガ、宣伝役になって頂コう。我ガ翼が生エタという事実モつけテだ」

バッ!

大きな音を鳴らしながら、道化師の背中には六つの黒い翼が生えていた。
これはまさに、獲物を空より探す死神の翼。
「翼ヲ聞けば、奴トて焦りヲ見せるハズ。そして生かす代わりに王ニデモ伝えるガ良い・・・死神が舞い戻っタ、とな」
一際大きく羽ばたかせ、道化師は空高く舞い上がっていく。
天井に空いた大きな穴からは、止め処なく道化師の翼の黒い羽が舞い散っていた。


ラグナロク・オリジナルストーリー第参壱拾六話―道化師



「せいれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!」
大きく、雄雄しく・・・それはけたたましい音量の声が響き渡る。
その男の声を聞き、ビシッと体を硬直させた集団がいた。
綺麗に並べられた整列は、ある意味芸術とも言える綺麗さである。
「我々の目的は何だ!」
一人の男性が一歩前へ出る。
「はい、自分らの体を前へ出し、一人でも多くの人命を救助する事です!」
「我々がしてはいけないことはなんだ!」
先程とは別の男性が前へ出る。
「はい、仲間を見捨て、負傷者を見捨て一人逃げて帰る事です!」
「よぉーし、よく言った、だがだからといって自分の体を粗末にしていいというわけではない、いいな!」
「はい!」
その返事には、一つの濁りも、恐れも、迷いもない。

フィリア「おお、来てくれたのか・・・」
その集団を遠くから見ていたフィリアの口から歓喜の言葉があがる。
フィリアの周りにいる隊員達は、その集団の余りにも統率の取れた光景に驚きを隠せない。
「隊長、あの集団はなんなんですか・・・?」
そうだ、あの集団は一体何者なのだろうか。
どうやらフィリア本人は見知った集団らしいが、自分たちはあのような集団を見たことがない。
ここにいる時点で王国所属のギルドであると思われるのだが・・・
フィリア「ああ、お前たちは知らなかったな・・・そうだな、まず王国に所属するギルドから説明していこう」


王国に所属するギルドは、必ずして三つの大きな分類に分けられる。

一つ・・・侵攻。
他国に攻めたり、モンスター等に対し先陣を切って特攻させる、いわば戦闘のスペシャリスト達である。
攻め傾向の性格を持ったギルドや、攻め特化系等のギルドはこの攻めの分野に配属される事となる。

一つ・・・守護。
街の治安を守ったり、また人命救助等が主となるどちらかといえば縁の下の力持ち役である。
無論防御に優秀なギルドや、攻め系の面子が集まったとしても守りな性格のギルドもここに配属となる。

一つ・・・研究。
国の発展のために魔法・剣技・演奏等様様な分野の新しい発展を見出させるのがこの集団の役目である。
WIZ等が多い研究型のチームや、頭のよい騎士等職業に関係なく幅広く存在する集団だ。


そして、この中で守護は軒並み異質な存在としてその地位を固めている。
守りは、周りとの協力なくしてする事の出来ない、ある意味で面倒な集団である。
その地域との住民との話合い、他ギルドや冒険者達との協力・・・
エリート集団と呼ばれる王国所属の中でも地味な存在と扱われているのだ。

他の二つと違う大きな点としては、その協力性というところだろう。
他の二つは己の名誉の為に動く・・・いわば、周りの王国所属が全てライバルとして認識される。

だが守護に所属するギルドは違う。
他者との交流、協力無くしてこの守護に所属するギルドたちは成り立つ事が出来ない。
だからこそ、この守護に所属するギルド達はお互いに連絡をとり、そして仲がよいことで有名なのだ。

無論、この「STAR DUST」とて例外ではない・・・このギルドは、守護に所属するギルドだ。



余談だが、過去に出てきた「機工旅団」、「PROGRESS」は研究に所属ギルドである。
表に出ない反面、あのような禍禍しい研究を喜んで行なうのが研究所属の難点とも言える。

また、過去にあった紅蓮が受け持つギルド「−炎−」は、侵攻に所属するギルドとなる。
時にはあのような、敵を食い止める役として一役買うのも侵攻の大事な任務である。


して、あそこにいる集団だが・・・

フィリア「あそこにいるのはその守護の中でも最高峰、その所属の通り「守護」の名を持つギルド・・・そう」

以上三つの頂点に君臨するギルドは、その所属の名前を二つ名として受け取る事が出来る。
いま目の前にいるのは、そんな一つ「守護」の名を持つギルド・・・名を。

「フィリア、守護・・・否、「世界に響き鳴らす協奏曲」総計50名、「STAR DUST」の手伝いをさせて貰おう」

一際大きな巨体を持つモンク、守護・・・否、協奏曲のマスター「ラグニス」が手を差し伸べてくる。
フィリア「実に助かる、君等がいればこちらとしても百人力さ」
がしっと、力強いその握手が、いまはとても心強かった。



「いまからフェイヨンダンジョンを封鎖します!お手数ですが当分の間フェイヨンダンジョンへと近付かないで下さい!」
そう忙しそうにフェイヨンの街を駆け巡りながら叫ぶ隊員達の姿。
その騒々しい声の内容は、風に乗り否応なしにユキ達の居るアジトへとも伝わっていく。

だが、アジトではそれに関与しているほどの余裕が無いほどにたてこんでいる現状であった。



リノ「いやぁぁぁぁぁぁぁああ!」
早朝だろうか、リノが起きるなりまずあげたのが悲鳴であった。
頭を抱え、耳をふさぎながら泣き叫ぶかのように悲鳴をあげる。
紅蓮「ちぃっ、誰か、誰か鎮静剤を!」
紅蓮が駆けつけ、その対応に追われる形で他の人たちが薬を持ってくる。
紅蓮「さ、リノ、これを飲むんだよ」
言われるがままにその薬をリノの口元へと流し込む。

それから数秒もしないうちに、リノの意識は段々とまどろみの中へと落ちていく。
まぶたが落ちかけ、あれほど叫んでいた口も弱弱しく閉じていく。
目がほぼ閉じかけた時、リノの口から微かに声が聞こえてきた。
リノ「聞こえた・・・すごい、大きな悲鳴。悪魔って・・・死神って叫びながら、声が一斉に無くなって・・・」
紅蓮「もういい、いいから寝るんだよぉリノ、それ以上、口にしなくていい・・・!」
リノ「腕が飛んで、体が弾けて・・・あの、笑い声は、だけど・・・」
それを最後に残ったのは、リノの小さな寝息。
目からは、一滴の涙が惜しむように流れていく。

ユキ「なん、だったのいまのは」
それを遠くから見ていた私は、ただただ立ち尽くすしかなかった。
そのあまりにも異質な光景、切羽詰るリノの表情・・・全てが怖くて、近づけなかった。
アルヴィ「・・・実際リノの貰った二つ名は「セイレーン」等ではない・・・「妖精」という二つ名だ」
私と同じくその位置に立っていたアルヴィの表情は、実に哀しそうなものだった。
アルヴィ「俺らは昔劇団に所属していたんだが・・・リノはその才能、そしてやる気が認められ人気者になり、妖精と呼ばれていた」

妖精といえば、おとぎ話に出てくる小さな可愛らしい架空上の生き物を指す。
だが思い出して欲しい、妖精という本来の生物の性質を。
アルヴィ「妖精とは実に過敏な生き物で、人を嫌うと聞く・・・そう、リノの能力の性質の一つとしてその過敏さがある」
過敏、さ。
今一的を得ない説明ではあるが・・・
アルヴィ「リノの本来の大きな能力はコピーではない・・・世界の、この世界の声を聞くことが出来るんだ」



時には、難解な言葉を語り。
そしてまた、時には単調な言葉を繰り返す。
何を伝えたいかは判らないが、その世界の声は、確実にリノの精神を削っていった。
アルヴィ「世界の声、聞こえすぎる耳。大方、今日のリノには誰かが殺される場面の声が来たんだろうな」

世界を求めてはいけない、それは存在の崩壊を意味する。
知らぬが良い事も在ると知りながら、それでも人は我を求めようとするのか。
嗚呼、かくも愚か、そして滑稽也。

我を求めてどうしようというのか。
世界を求め、何を望んでいるというのだ。
求めようとも、その先には闇しかないというのに。

アルヴィ「だからこそ、リノは妖精という言葉を嫌う。まぁ、疎ましい名前なだけに仕方が無いだろうな」
だから、あの時リノはあのような事を・・・。
喜びと、悲しみを混ぜた名前だというのか。

アルヴィ「確か歴史がどうとか言っていた奴がいたな、お前の話に・・・リノの世界の声は、もしかするとそいつなのかもな」

リノが寝たのを確認すると同時に、アルヴィは入り口の方へと静かに歩いていく。
後ろには、拳を強く握り締めた紅蓮の姿があった。


紅蓮「だから・・・だからこそ少しでも、この世界に起こる事件は潰さなくちゃぁいけないんだよ!」
どんな遠くにいようとも、リノの耳にはその出来事が音として伝わってしまう。
そこには良い事も、悪い事も、全てがまざりあって存在しているのだ。
このままでは、いつか必ずリノの精神は崩壊してしまうだろう。
その前に、その前に何とかしてでも・・・
「姉御、フェイヨンダンジョンにてオークロードが出現、これより王国直属ギルドにより殲滅が行なわれるそうです」
紅蓮「なにぃ、オークロードだって?」
何故オークロードが?という疑問よりも、それによりまた大量に人が死んでしまうという事に問題がある。
直属といえば実力者ぞろいではあるが、なんせ相手はオークロード・・・ただでは済まないだろう。
ならば・・・
紅蓮「お前たち、リノと留守はぁ頼んだよ!アルヴィ、支度しなぁ!王国の奴等だけにゃ任してらんないねぇ!」
アルヴィ「そういうと思ってもう準備してある、早く来い」
アルヴィの声は、入り口から聞こえるものだった。
まったく、察しの良い奴でやりやすいものだ。

ドクン・・・!
紅蓮「!?」
まるで体全体が震えたかのような錯覚、心臓が大きく鼓動している。
息が、出来ない。
紅蓮「か、はぁ・・・」


「ソうダ、貴様ノ手をもット血にソめよ、生命ヲ剥ぎ取レ。そレでイい、ソれデいイ・・・キ、キキ・・・」

な・・・この、声は・・・
違う、私は、リノの為に行くのだ、お前なんかの為では・・・!

「理由等どウデも良イ・・・貴様等ハ、所詮我ノ掌デ踊る観客ニ過ギん・・・さァ、ソノリノとやラの為に魂を奪っテ来い」

ドクン、ドク――――――――――――――ン
ユキ「紅蓮、私も行くわ。イング達と連絡も取りたいしね」
そう自分に言う、ユキの声で我に戻る。
何故今ごろ・・・いや、ずっと沈黙を保っていたはずなのに・・・
紅蓮「あ、あぁ、そうだねぇ、じゃあすぐ支度しな」
そそくさと、ユキは自分の支度へと戻る。
私も、準備をしないとねぇ・・・

そういって支度を始める紅蓮を、もう一人の紅蓮が冷ややかな眼差しで見つめていた。

ドッペル「遂に・・・動く、の、ですか、マスター・・・」

そう呟くドッペルの声は、誰の耳にも届かない。



イング「封鎖・・・」
朝の剣の稽古をしていたイングが、叫びながら街を徘徊するフィリアのギルド隊員の声を耳にする。
本来オークロードはオークの生息する森の方に出現するBOSSと呼ばれる存在だが、何故このような所に?

イングにとっては、今現在力を上げる事に専念したいという気持ちがある。
その中での今回の封鎖は、とてもタイミングの悪い事態といえよう。

アリス「封鎖だって、どうするイング?」
そんなイングの気持ちを内面察しながらも、アリス自身どうにもならないという事が判っているのだろう。
半ばバツの悪いアリスの声がイングの耳へと伝わる。
イング「うーん・・・」

イング自身とて、わざわざ危険な場所に行きたい訳ではないのだが・・・
ここフェイヨンは、周りにあるマップは比較的平和な場所が多い。
確かにエドガーと呼ばれる虎の外見をしたBOSSもいるにはいるのだが・・・まぁそれは今回置いておく。

冷静に判断をするのであれば、ダンジョンには行くべきではないのだろう。
だけど・・・
イング(修羅場を一つ一つ、こなしていく事で僕は強くなっていけるのではないだろうか・・・)
強さを求めるイングの確固たる気持ちが、その冷静な自分を押さえ込んでいた。

アリス(まったく、ギラギラしちゃってぇ)
イングと長い付き合いであるアリスにとって、今のイングの心境は手に取るようにわかる。
いつもなら賛成をしてあげたいところなのではあるが、しかし・・・

「ならば連れて行って差し上げようか」

その声は、ドアの先からのものだった。
低いが、些か高い声・・・男性のものである。
「いや・・・むしろ、行った方が懸命だ。今からこの街は戦場と化すぞ」
イング「なんでそんな事が判るんです?」
あくまで人様に物事を尋ねるかのような、丁寧な口調でイングが問いただす。
ふっ・・・っと軽い笑い声が聞こえた後。

「此処に強い力を持った者達が終結しようとしている。最悪神が降りてきかねん」

そう常人が聞くならば精神を疑われかねない事をさらっといってのけるドアの向こうにいる人物。
・・・自分等が、常人ならばだ。
どうやらその人物は自分たちがその手の話を知っている事を知っているらしい。
でなければあのような事、平然と言ってくるわけがない。
「街は神、ダンジョンはオークロード・・・ダンジョンの方が平和だよっと」
パァッっと、足元がまばゆい光で包まれているのに気がついた。
ポタは足元には出せないようになっているはずなのに、何故・・・!?
「さぁ行くがいい、君らはここに居ない方がこちらとしては都合がいいのだよ」
アリス「ちょ、ちょっとぉ・・・!」
意思の疎通なんぞおかまいなしに、アリスとイングは光の中へと姿を消してしまった。



飛んだ先は、真っ暗で辺りの見えないところであった。
先程いきなり飛ばしてきた人の話ではまずフェイヨンダンジョンの中ではあるはずなのだが・・・
・・・って。
イング「まずいっ、アリス隠れて!」
アリス「きゃっ!」
咄嗟にアリスを岩陰へと引っ張り込む。
ドン、とアリスの体があたる反動が自分に来るがイングは固く口を閉ざし厳しい視線を岩陰の先へと向けている。
イング「まずいな・・・」
アリス「ど、どうしたの?」
アリスは顔をイングの胸に押し付けられた状態なので一体何が起きているのかが確認できない。
故にイングの反応だけが今彼女の情報源という訳だ。

イング「オークアーチャーがいた・・・ここ、フェイヨンダンジョンの最下層だよ」

静かに。
二人は、血の気が引いていくのを感じることとなった。



その少し前、ユキと紅蓮、そしてアルヴィの三人はフェイヨンの近くまで来ていた。
すぐさま突入する事は出来ない、まず自分たちが見つかれば大騒動になるのは目に見えているからだ。
さて、どうするか・・・
ユキ「うーん、私はイング達と連絡が取りたいんだけど・・・」
何故かはしらないが、先程からWISがつながらないのだ。
故障なのか、またはあちらが通じない状況にあるのか・・・理由はわからないが、遠距離による連絡方法がなくなってしまった事を意味する。
だがそれよりも、ユキには一つ気がかりな事があった。

ユキ(何か・・・紅蓮の様子が変なのよね)
そう、何かが、昨日会った紅蓮と雰囲気が微妙であるが違う。
そういうのにそこまで敏感ではない自分ではあるが、何かが引っかかるのだ。
別にどうって事がないような事ならば別に無視して構わないのだが・・・
だが、ユキの中で警戒を促す何かを感じずにはいられなかった。

「なっ、なんだこれは・・・うわぁぁぁぁあ!」

アルヴィ「なんだ!?」
ユキのその疑惑を一瞬で吹き飛ばす程、それは突如訪れた。
村の方で冒険者が冒険者に襲われ、倒れる光景が目の前で起きたからだ。
叫んだ冒険者は、何も言わず動かない。
紅蓮「ど、どうなってるんだぃあれは!?」
突然の異常事態に、紅蓮もとまどいを隠せない。


紅蓮(くそっ、こういう事態をなくす為に来たってのになんだってんだい!)
今の声もまた、リノの耳に届いてしまっているはず。
早く、まずは事態を確認しなければ・・・
ドクン、ドクン・・・
紅蓮「くぁっ・・・!」
強烈な脳の揺れ、燃え滾るような体の熱さ。
ま、た、あれか・・・!
アルヴィ「どうした紅蓮、何かあったのか!?」
その紅蓮の異変に気がついたアルヴィが咄嗟に声をかけるも、紅蓮の目は一刻一刻と輝きを失っていく。
まるで、生気が抜けていくような・・・

「ユキ・フランベル。お前の役はまだ先・・・せめてもの手向け、仲間の下へと飛ばしてあげる」

ユキ「っ!?」
ユキが声を発するよりも早く。
ユキの体がまばゆい光につつまれ、行き先もわからぬどこかへと飛ばされてしまう。
アルヴィ「貴様・・・どういう事だ」
一人残されたアルヴィは、ユキを飛ばした張本人をにらみつけていた。
なんで、こいつがいきなりあのような事を・・・
「戯言を、これでも良い事をしたと思っている、よ、私・・・は」

アルヴィの目先にいた者。
それは紛れもない、紅蓮の分身・・・ドッペルであった。



「た、隊長、街で冒険者が暴れて・・・ギャアア!」
ブツン!と勢い良くWISの音が途絶える。
それはつまり、WISの相手のWISが壊れた事を意味するだろう。
フィリア「・・・どうなってるんだ!」
ダン!と憤りを抑えきれずに剣で地面を叩く。

突入間もない頃にその現象は現れた。
突如街の方で悲鳴が聞こえるや否や、重傷を負った隊員がここへと逃げ帰ってきたのだ。
無論、先程まで冒険者達にフェイヨンダンジョン封鎖を呼びかけていた者たちである。
ラグニス「・・・フィリア、街は君に任せる。俺らはダンジョンに行った方がいいだろう」
悩む自分をよそに、ラグニスの判断は実に早いものであった。
ラグニス「街にいるのは君の隊員だ、それに今先程来たばかりの我々より土地条件等も詳しいだろう」
隊員を見捨てる事になってしまうのでフェイヨンダンジョンは任せろ。
冒険者と対峙してしまう場合、土地条件の詳しい自分たちの方が有利に立てる。
そして、街を任せた。
ラグニスの今の言葉には、それらが全て入った言葉といえる。
ラグニス「良し、我々はダンジョンへと突入する!・・・フィリア、街は頼んだぞ」
ダンジョンの方も、一刻の猶予さえない状況である。
ラグニスがダンジョンの中へと突入していったのを見送ったまま、フィリアは情報収集へと駆り出していく。



イング「・・・ユキ!」
ユキ「ど、どーもぉ・・・声だしちゃまずい状況ね」
ユキが飛ばされたのは、丁度イング達が隠れる岩陰の少し遠くにある岩陰であった。
ユキもオークアーチャー等の存在に気が付いたらしく、息を潜めている。
ユキ(まぁいいわ、とりあえずWISで連絡を取りましょう)
イング(了解)
この隔離されてしまった状況の中、如何にして脱出するか。
それをこれからイング達は、オークロードという死の隣り合わせで考えなければいけない。


「ギャアアアアアア!」
また一つ、また一つ。
街では悲鳴が上がっていた。

「ここに力が終結している。それらに主は軽く挨拶をしたいそう・・・」
宙に浮くドッペルと対峙する最中、ドッペルはそのように告げた。
主?・・・てことは、こいつは紅蓮が本当の主ではなかったということか。
だとすると・・・合点が行く。
アルヴィ「主ってのは・・・道化師か」
「察しが良いと言いたいが・・・少し違う。道化師であるが道化師ではない・・・何、いずれ判る事」
答えにならない答えを言い放ち、ドッペルは街の方へと歩いていく。
その後ろには、正気を失った紅蓮がついて歩いている。
紅蓮「ぐっ・・・がっ、は・・・」
苦しそうな声を上げながら、たどたどしい歩きを見せる紅蓮。
どうなってるんだ、あれではまるで何かに操られているような・・・

「"放浪"・・・カ、御初ニお目ニカかる。貴公モ前座デはアルがコノ劇ヲ見て行クが良い」

そう、怒りをあらわにするアルヴィにドッペルは告げた。
まるでまさに単語、言葉を繋ぎ合わせたようないびつな話し方。
アルヴィ「・・・道化師!貴様、紅蓮をどうするつもりだ!」
あの話し方は・・・過去、紅蓮が道化師とであった時に紅蓮が上げた道化師の特徴の一つに確かにあった。
今ので確信する・・・やはり、このドッペルは道化師の手先か!
だが、もはや話すことがないかの如くドッペルは街の方へと歩を進める。
アルヴィ「ま、まてっ!」
ほうっておくわけにもいかずにアルヴィもその後を追う。
これもまた、道化の仕組んだ必然的な流れであるとも知らずに。


事態は、周りを全て巻き込みながら進もうとしている。


道化師「そウだ・・・コれコソ、即チこノ世の根本、殺戮コソ世界の理」
道化師は、一人遠く佇みながら笑う。
素晴らしいではないか、この惨劇は。
名優の数多くが心躍る存在・・・己の欲求をさぞかし満たしてくれるに違いない。
道化師「ククク・・・ハハハハ、ハッハハハハハハハ!」

誰の耳にも入る事なく、ただ一人、道化師は笑う。
ただ一人、劇を見守る観客として。



〜つづく〜




あとがき
お久しぶりです、リアルがとても忙しい鰤です。
さて、今回ですが前回に引き続きかなりの急展開を見せています。
また随分な展開となってまいりました。
正気を失う紅蓮、平和という箍の外れたフェイヨンの街、イング達が飛ばされたフェイヨンダンジョン。

正気を失った紅蓮が向かうフェイヨンの街はまさに混乱に包まれた世界・・・アルヴィもろとも巻き込むこととなる
街の方には一体何があるのでしょうか。

また突如オークロードと隣り合わせとなったイング達の身もまた見ものとなっております。

そして一人笑う道化師、はたして彼の目論見とは?

急展開を見せるラグナ小説、次回も必見でありまする。

それでは♪
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