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・・・今宵。
「な、これはどうなっている!?」
フェイヨンにいち早く駆けつけた騎士は絶句する。
同じ姿をした者が、同じ姿の者を・・・他の者に襲い掛かるという実に不可解な状況。
一瞬騎士はこれは幻ではないかと疑った。
だが、倒れる者の流す血は確かに生きる者である証拠。
その倒れる者にも情けはかからない・・・次々と、冒険者の攻撃が降り注いでいる状況にとまどいを隠せない。
「なんだこれは・・・くそっ!」
知らず内に騎士は駆け出し、その戦場へと身を急がせた。
「私でも役に立てるといいんだが」
止める術は己の頭の中では見当たらない・・・だが、一刻も早くこの争いを止めなければ。
聞いた話では、王国側のギルドが二つ程度こちらの治安維持にあたっていると伺っている。
ならば必ずそのギルドのメンバー達がこれに対し動いているはず・・・その人たちに会えれば、あるいは。
「スター・・・ダスト、か。ならばフィリアか・・・」
うる覚えでもなんでもいい、自分の顔を少しでもまだ覚えておいてくれているなら話は通るはずだ。
冒険者同士の戦いの横を走り抜けながら、一人、また一人と顔を見ては走る。
攻撃されるのも普通であるこの戦場を、騎士は一秒でも早くと駆け抜けていた。
全ては、この惨状を止めるが為に。
ラグナロク・オリジナルストーリー第参壱拾七話―宴
「サて、客人ノ御モテナシをシなくては」
音もなく、道化師は立ち上がる。
「確固タる意思があルのも珍シイ。流石・・・とデモ言うベキカ」
嬉しそうに声を軽く弾ませながら、フェイヨンの近くの林地帯を歩いていく。
流石に近場であるフェイヨンのあの出来事が起きている時というべきか、人影は道化師以外見当たらない。
そう、「人影」は。
「複製ノ手先ヨ、主ニ伝えタマえ。今回の件、もし手出シヲしタラ・・・」
「貴様ヲ跡形モ無く消し去ル。お前モ、アイつもダ・・・貴様等ノ横槍ハ、舞台の興ヲ削いデシまう」
ピクン。
極僅かだが、その者が反応を見せる。
だが動くことはせず、こちらをどうとしようとするつもりが無いかのように固まっている。
「我ノ名を知ル者ハいナい。故ニ、我は優位ナ立場で動く事ガ出来ル」
にぃぃ・・・と、さぞ愉しそうににやつきながら、道化師はフェイヨンを目差した。
(確かに、今まであいつのような存在が居るということはまったくしらなかった・・・)
主様に命令され、隠れて道化師を見張っていた者が小さく舌打ちをする。
フェイヨンで動く能力者達、その調査をしてくるというのが今回与えられた任務であった。
主様が動けば予定外の事が起きかねないとの上での処置・・・今回の任務は厳重な注意が必要と伺ってはいたが。
だが来て見れば、途中で思わぬ収穫をするものだ。
話には聞いていない、未知なる能力者との接触。
更にはこちらのことをまるで知っている素振り・・・ただ能力を手に入れているだけでは到底入るはずのない情報を奴は持っている。
終いには名が判らぬ・・・それはつまり、相手の大体の持つ能力がまったくといってもいい程に判らないという事実。
能力者の持つ能力は、性質が判らないと対処が出来ないという難点を持つ。
初めに少しでの時間があれば軽く読む事も可能なのかもしれないが・・・
ではその能力が、万が一一撃で死に至るような能力の場合どうするか?
そう、判らない能力者同士の戦いではまるで剣士同士が戦うかのような一閃による結果が出ることも珍しくはない。
故に、能力者達は互いに互いを牽制し、手の内を少しでも見ようとする行動に出るのだ。
(・・・このまま収穫無しで引き下がれるもんですか。任務続行よ!)
一つでも、主様が優位にたてるためには情報をとにかく集めるしかない。
あちらの持つ情報次第では、もう今の段階で主様が不利な可能性も高くなっているのだから。
確か今フェイヨンでは複数の能力を持つ者たちがいるはず・・・それならば、必ずどこかで手の内を明かしてくるに違いない。
能力者達の同行を見張りながら、この新たな能力者もしらべるのが今回の最善の手といえよう。
頭の中で即座に整理がつき、歩き出すその能力者の追跡を開始した。
音も無く、姿を見せずに・・・全ては、主様の為に。
「救護班、負傷者をフェイヨンダンジョン前まで運べ!とにかくこのフェイヨンの街から避難させるんだ!」
フェイヨンの街中・・・惨状の中、一人司令官として立たされたフィリアは焦りを見せていた。
スターダストはフィリアの名の元に集ってきてくれた防御面を得意とする優秀な者で構成はされてはいる・・・だが。
スターダストのメンバーは30人弱・・・それに対し、このフェイヨンで滞在していた冒険者の数は百名程度。
「くそっ・・・多勢に無勢か!」
ならば一人でも多くの冒険者を何としてでも救助しなければなるまい。
悔しいが、全員を助けることの出来ない自分に虚しさを感じながらも、フィリアは動き回り、そして叫んだ。
「ホーエンハイムの医療班はすぐフェイヨンダンジョンの前にいる負傷者を手当てするんだ!」
そうWISに怒鳴りつけるように叫び、横から来た冒険者の剣を盾で弾いた。
「お前をやらなきゃ、俺が殺されるんだ!」
剣を弾かれた冒険者は、まさに死に物狂いの表情を見せてフィリアに襲い掛かってくる。
「待て、私はフィリア、スターダストを総括している者だ!偽者ではない!」
「黙れ黙れ、さっきの仲間もそういって俺を切りつけた!信じるものかァ!」
正常な精神を保てなくなった者の剣には、鈍りが生じる。
恐怖にかられたこの者の今の剣は、まさに子供が恐怖に立ち向かおうとする為に棒を振り回している・・・それとなんら変わらない。
だからこそ、今のフィリアはその冒険者をなだめながら戦うことが出来てはいるのだが・・・
(しかし、防戦一方では!)
このままでは埒があかない・・・少々痛い目を見せて気を失わせないといけないのか!
そう、思いながら踏みとどまった時だった。
「もらった!」
頭の中の思考が一つの結論を導き出し、ほんの僅かの隙を作ってしまったところを突かれてしまう。
気が付いて後ろを振り向いた時には、少し遠くからハンターが自分にめがけて矢を放っている姿が目に入ったのだ。
・・・避けきれないか!
そう思うが矢先、一本の剣が自分と矢の間に割って入り、矢はなす術も無く弾き返されてしまう。
「久しいね、フィリア。まぁ私のことを覚えているかは判らないが・・・」
そうこそばゆく笑う騎士・・・
「き、教官!お久しぶりです!」
「覚えてくれてたか・・・まぁ再会の話は後でしよう」
きっとハンターを睨み返す教官と呼ばれた女性・・・名を、アラリンという。
フィリアにとって、彼は恩師である。
元は、王国直轄の騎士団でも実に有能といわれ実績、人格共に評価を買われ上層部までのし上がった人物である。
しかし何かの理由をきっかけに騎士団を脱退、それ以降姿を暗ますという経歴を持つ。
上層部にいて何故その地位を捨てるにまで至ったのか・・・それは、フィリアにとって大きな謎の一つとなっていた。
して話は変わるが、アラリンは教官としてクルセイダー・ナイトを育てているという実績もある。
その中には今の王国直属ギルドを代表する者も多数存在し、フィリアも例外なくアラリンの教え子に当たるのだ。
女性としての凛とした雰囲気を携えた、あの切れの良い剣筋は今も目を瞑ればすぐさま脳裏に浮かぶことだろう。
それほどまでにフィリアにとっては憧れであり、また自分をここまで育ててくれた恩師そのものなのだ。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
フィリアがアラリンにより窮地を脱した時、フェイヨンダンジョン前では必死の救護が行なわれていた。
スターダストの中で医療班を任されていた副官の一人、ホーエンハイムという名のBSは忙しく走り回る。
まさに目の前には、惨劇と呼ぶに相応しい状況が広がっていた。
目に矢が刺さったまま倒れるウィザード、片手を切り落とされ息絶え絶えとなったプリースト。
または運なくここに初心者修練所から飛ばされてきてしまったのだろう、背中に酷い傷をおったノービスまでもがいた。
何と言う現状・・・フィリア隊長の話では、謎の力を持つ者たちが関与しているかもしれないという事を小さく呟いてはいたが・・・。
(いけない、まずは怪我人の手当てをしなくては!)
後ろのカートから回復剤を取り出し、一人一人にその回復剤を配っては冒険者の安否を確認する。
苦しそうに悶える冒険者を、ただ自分は回復剤を配って状況を見る事しかできないという現状が実にもどかしい。
数人目にいた騎士は、傷もさることながら精神的な傷が大きいようでまるで表情に生気を感じられない。
「は・・・ハハ、妻が・・・妻が・・・」
そう、誰に言う事も無く虚しげに響く騎士の声。
・・・あの時運ばれてきたアコライトのことか。
彼と一緒に運ばれてきた時、時すでに遅しといわんばかりの状況のアコライトがいた。
胸に到達しそうな程に深く切りつけられたその切り傷は、おそらく両手騎士の攻撃によるものだろう。
「わ・・・タシ・・・は・・・嫌、まだ、まだ、死にたく・・・ナ・・・・・・・・・」
望まぬまま、望まれぬ死を迎えたそのアコライトの片隅に、今目の前にいる騎士がいたのだ。
「もう終わりだ・・・妻が、妻があのような殺され方を・・・」
その誰に向ける事の出来ぬ邪念は、一瞬にして憎悪へと変わる。
何故、お前等がのうのうと生きている。
妻はあのように酷い殺され方をして、何故お前等が生きている。
ここにいる誰かが、街にいる誰かが俺の妻を殺した。
何故、お前等が生きている・・・
死んでしまえ・・・死んでしまえ、死んでしまえ死んでしまえ死死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ・・・!
生きている者が憎い、我妻を殺した者全てが憎い・・・嗚呼・・・世界が・・・憎い。
「シネ・・・死ね、死ね、死ね死ね死ねしねしねシネ死ネ・・・皆死んでしまえ、お前も、俺も、貴様も、全部全部死んでしまえェ!!!」
グサッ・・・ホーエンハイムが気が付くよりも早く、気の狂った狂戦士は傷ついて立て無い者を、そして目の前にいたホーエンハイムを刺していく。
元々意識不明者が多かった事もあり、悲鳴すらあげることなく息絶える者が後をたたない。
「ホーエンハイムさん!」
防御体勢をとりながら、ホーエンハイムの指示に従い救護をしていた部下達がすぐさまホーエンハイムの元へと集う。
そんな部下達を、ホーエンハイムはきっと厳しく睨みつけた。
「俺はどうでもいい、すぐさま彼を止めるんだ・・・スターダストは、一人でも多くの命を救う事を優先しろ!」
「し、しかしそれでは貴方の命が・・・」
そう心配する部下達の気持ちもわからなくはない。
ホーエンハイムは見事に槍によって腹に大きな穴をあけられ、そこから血がどばどばと途絶える事無く流れているのだから。
故に、ではあるが・・・ホーエンハイムは、他者の救護を優先させた。
ホーエンハイム自身、もはや助かる事がないであろうと。
プリーストを他にまわしていたことが、敗因となったか・・・
「いいから彼を止めろ、俺はいい、早く・・・これ、は、命令だ!」
腹の痛みを堪えながらの命令に、部下達は涙ぐみながら暴走するその狂戦士に立ち向かっていった。
多勢に無勢と行きたいが・・・今の彼はオートバーサクという己の箍を外した状態・・・早々に止まる事がないだろう。
彼が止まる頃には、おそらく・・・
痺れる片腕を何とか上げ、腕につけたWISをすぐさまある人物へと繋げる。
「隊長・・・すみません・・・救護隊、ホーエンハイム・・・」
「ぐぁあ!」
「!?」
意識が朦朧とする中、その一つの悲鳴でホーエンハイムは一気に現実世界へと引き戻された。
先ほどの騎士は全身を切り裂かれて倒れこみ、また部下達もまた両手剣による深手を負わされ地面へと蹲る。
「あっけない、あっけない・クク、く・・ククククククくくくくくクククククククくククククク」
猟奇的な笑みを浮かべ、一人、また一人・・・先ほどの騎士がしていたかのように負傷者に止めを刺していく女性騎士。
それも簡単に死に至らしめる訳ではない・・・出血多量による、プリーストの蘇生呪文でも拭いきれない血を出させる殺し方。
止めをさされた冒険者は、なす術も無く己の血が流れる恐怖と苦痛に挟まれ意識が段々と消えていく。
「あっけない、あっけない、あっけない・・・・・・ヒヒヒヒヒヒヒヒ、ひひひヒヒひひひヒひひヒ」
まるで狂った人形のように、その女性騎士は体をカクカクと動かし、こちらへと向かってくる。
「何があったホーエンハイム、状況を説明するんだ!」
こちらのWISに気がついたのか、フィリア隊長の叫ぶ声がWISより聞こえた。
「こちらホーエンハイム・・・冒険者の救護に失敗・・・部下、冒険者・・・そして救護部隊隊長・・・ホーエンハイム」
「お前ダケだ、オ前だけダ、お前ヲ殺して次は街ヘト赴く。主ガ来る前に、邪魔者を排除する」
・・・散っていった部下達、そして心半ばにしてなくなった冒険者達よ。
どうぞこの惨劇に合った者よ、目の前にいるこの女性騎士を呪いたまえ。
「女性騎士の襲撃により・・・殉職です」
「ヒ、ひ、ヒ!」
ブツン・・・ここで、ホーエンハイムのWISが途絶えた――――。
血の海となったその場に、女性騎士は立ち尽くす。
「それで・・・いい。マスターも、喜ぶ」
その女性騎士と同じ姿をしたその確かな目を持つ騎士は、小さく口を緩ませた。
もう片方の血まみれとなった騎士は、動かない。
目を虚ろにさせ、腕をだらんとさせるその姿はまるで扱う者がなくなった人形のようだ。
「マスターがそろそろフェイヨンにつく・・・次に街へと赴こ・・・う」
その騎士が歩き出すと、確固たる動きを見せて女性騎士もまたその騎士の後を追うように歩き出す。
その時、ピクッ・・・と先導していた騎士の動きが止まる。
―――――――紅蓮ヨ、街には放浪・少しで神速・・・さラには複製の手先モ来るダろウ。丁重ニ扱いタまエ――――――
耳からではない。
脳に直接響くその声に、紅蓮と呼ばれしその騎士は一層その表情をかたくさせた。
「了解です・・・マスター」
失敗は許されない。
これで、マスターは・・・
一歩、また一歩と、完全になられるのだから。
このような前座で、マスターに失態等させてたまるものか・・・。
「邪魔は、させない」
きっと、誰に向ける事なく睨みを利かせた。
ユキ「ど、どーすんのよこの状態・・・」
冷や汗を流しながら、苦笑気味にイング達を見つめる。
・・・といっても、判りきった質問である事はユキ自身重々承知している。
だが聞かずにはいられぬこの厳しい状況・・・嗚呼、自分がもどかしい。
イング「ひとまず動くのは危険だ、様子を見よう。」
そう冷静に振舞うイングにも、不安の色は拭いきれない。
それもそのはずだ。
今イング達がいるのはフェイヨンの最下層・・・過去に月夜花がいたとされる場所。
今その場所には月夜花はおらず、代わりにオークロードがいるとされる場所。
オークロードの姿は確認していないものの、その部下と思われるオークアーチャ―が数多く徘徊している。
まさに、四面楚歌とも言える生死の境に今立たされているといっても過言ではないのだ。
イング(せめて、何か逃げ出す事ができれば・・・)
戦うという選択肢はない。
オークアーチャーならあるいはで切り抜けることが出来る事は可能かもしれない。
だが、一人でもオークアーチャーと戦えばその長オークロードが出るのも時間といえよう。
故に見つからず、隠密にこの場を切り抜ける事が重要となってくる。
あのようないきなり飛ばされてしまった関係上、今手元には必要最低限のアイテムしか存在していない。
蝶も必要不可欠なアイテムではあるのだが、如何せん急すぎて本当に最低限のしか持ってきていないのが現状だった。
ユキ等にも伺ってはみたが、やはり返ってくる返事は持っていないの即答だ。
これによってまず蝶による帰還は閉ざされてしまった。
ならば、アリスのスキル「ワープポータル」で帰還するのはどうだろうか。
ブルージェムストーンというアイテムを消費するが、自分で記憶させた場所へと飛ぶことの出来るスキルだ。
少々期待に満ちた表情でアリスを見ると・・・
「・・・ごめんなさい」
「い、いや、まだ何も言ってないよ?」
・・・どうやら、これもだめなようだ。
万事、休すか。
「せめて外の人に助けを求められたらな・・・」
そう、他力本願気味に呟くアリスの声を聞きイングは思いつく。
「そうだ、それだよ。シレウスさんとか、力になってくれそうな人にWISを送れば!」
これで助かる事が出来る。
その僅かな可能性がわいてきた状況に、三人は喜びを隠す事が出来ない。
・・・だがそれは、すぐに打ち消される事となる。
「・・・お前等正直言って、蝶とかなくてよかったよ。どうせ帰る場合フェイヨンだろ?」
開口一番、シレウスの声は冷め切ったものであった。
何故帰らないほうがいいのか、困惑する三人に向かってWISの相手、シレウスは現状を突きつける。
「今フェイヨンは冒険者同士が戦いあうひでぇ状況だよ。今行けば確実に死ぬね・・・お前等ついてるよ、まったく」
どうやら、今フェイヨンは殺戮の場へと化しているらしいのだ。
今先ほどまであんなに平和そうだったフェイヨンが、何故そのような状況に?
そんなおかしなことが、あのフェイヨンにあっただろうか・・・?
「まさか」
「そのまさかかも・・・な。今フェイヨンには紅蓮がいる。最悪能力者の行動によってもたらされてる可能性が高い」
そもそも、あそこに集まったのは有志のフェイヨンダンジョン鎮圧目的とした冒険者ばかりである。
その冒険者達が、何故いきなり糸が切れたかのように争い始めなくてはならないのか。
しかも、話ではそこにいた冒険者全員が急に争い始めたと聞く・・・
この不可解な状況、もし探るとすれば――――得体の知れぬ何かが動いたか、否か。
だとすると、安易に結びつけるのはおかしいとも思いつつ能力という言葉がどうしても出てきてしまうのだ。
「ひとまずフェイヨンダンジョンには王国ギルドの頂点の三本指に数えられるギルドの一つが向かっている、時間をとにかく稼ぐんだ」
シレウスの情報網を信じるならば、じっとして救助を待った方が賢明か。
帰る手段もないし、その助けを待つが今現在僕等に残された手としては一番安全ではあるが・・・
問題は二つ、見つからないままそのいつくるか判らぬ助けまで時間が持ってくれるか。
そして、イング達三人の精神が持ってくれるかだ。
今こうしているだけでも、状況が厳しくじわじわと精神を削っている状態なのだ。
WISの内容によリ少しだけ安心はしたのも事実ではあるが・・・ほら、すぐ後ろの岩先にはもうオークアーチャーが数体存在しているのだ。
「ハァ・・・ハァ・・・」
ほら、すぐ聞こえる。
「い、いいいいいいいいイングイングイングいんぐいんぐ!」
「しー、静かに、ばれちゃうだろ!」
まったく、こんな時に叫ぶなんてユキはどういった神経をしているのか。
こまったものだ・・・
「ハァ・・・ハァ・・・」
「え?」
その荒い息遣いが、異様に鮮明に聞こえる。
それに疑問を持った自分が後ろを振り向くと、目の前にはこちらを見下ろすかのように数体のオークゾンビが覗いていたのだ。
ダランとさせた皮膚、その腐臭の匂いを漂わせながら手に持たれた斧をゆっくりと振り上げる。
「に・・・」
ゾンビ系なだけに、やはり攻撃は早いものではない。
その振り上げてから振り下ろすだけの時間に、少々の隙が出来たのだ。
「逃げるぞ!」
すぐさま手にした剣でオークゾンビの片腕を切り落とし、その腕が落ちるのと同時に三人は駆け出していく。
この、オーク達の巣窟となったダンジョンを。
「何故だか嫌な胸騒ぎがするわね」
フェイヨンの近くまで来て、風のような速さを保っていた足が止まる。
己の勘が、何かざわついているのだ。
まるで、過去ブリジットさんと対峙した時のような嫌なざらつきよう・・・一体なんだというのか。
(――――――フェイ、急いで街にいけ。この感じ・・・人ならず力を持つ者だ)
カタールが、直にフェイの脳へと声を響かせる。
カタール・・・否、神速は近くに複製がいることも無論察知していた。
そしてまた、そこに複数の相手こそ判らないが同胞がいることも・・・
だが一つ、街とは少し離れた位置に自分の知らない力が存在していた。
この力、一体・・・?
フェイヨンに近付くにつれて、まず気が付いたのはその酷い死臭・・・そして、むせ返るほどの血の匂い。
鳴り響く魔法の音、金属がぶつかる音からしてまだ生存者はいるようだが・・・
街全体が、一つの「戦場」と化している。
「さゾかシノ長旅、ワザわざご苦労様でス・・・歓迎いタしまショウ」
すぅぅ・・・と、空中から一人の騎士が静かに降りて来る。
そのいびつな光景、そして突き刺さる威圧感に自然とフェイはカタールを持つ力が強くなるのが嫌でもわかった。
今の異様な出現方法・・・そしてこの感じ・・・あからさまに、ただの人ではないな。
「コの惨劇、実ニ盛り上ガっテイますよ・・・神速殿」
こちらをまるで知っているかのように、あまつさえ神速という言葉までも知っている。
「貴方・・・まさかあの時WISで私達を呼んでた人?」
確信はない、だがこちらの動き方をまるで知っているかのような素振り・・・今心当たりがあるとすればそこしかないのだ。
それに何故か、この人とはどこかで一度会った事があるような気がして。
「失礼デすがソレはコチらの手の者ニよるモノデす・・・呼びカけニ応ジテ下さいマシテ感激デすよ」
手の者・・・では、やはり彼が今回の黒幕なのだろうか。
そして、今の話からこの人物が一人で動いているのではなく多人数で動いているという事が判明した。
・・・彼の目的は、一体何なのか?
「何が目的なの?そしてブリジットさんを知っているようだけど・・・貴方、一体何者?」
だが、この騎士は動かない・・・何を思っているのか、顔すらあげようとしない。
問いかけに応じず、己が目的すら語らず・・・彼の目的は一体なんなのだろうか。
(―――――俺の覚えでは貴様なんぞ知らん。何者なんだ)
自分を含め12の能力のどれにも該当しない、新たな力。
場合によっては、複製のようなイレギュラーか・・・?
「そして貴方にまとわりつくその死臭・・・どれだけ人を斬ったの」
正義をかざすつもりはないが、能力を持つ者は常人よりもより強い力を持つこととなる。
弱い者いじめ・・・とまではいかないかもしれないが、能力者達が冒険者に牙を向ける事にフェイ自身少々気に入らないという意思があった。
この力を持つ以上、あまり表にその力を出す事は極力控えるべきだ。
能力者同士ならば、まだしも・・・
ごく自然に、目の前の人物に対して軽く殺気を放つ。
「ヒヒ・・・ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!何ヲ言イ出すカと思えば世迷言ヲ、貴様トて人ヲ殺メる目的デ手を出シたデハないカ」
けたたましく笑い上げながら、初めてその顔を上げる。
「あ、貴方は!」
(貴様!)
目に大きな空洞を開け、その中から血を滴り流す狂気に歪んだ顔。
裂けるほどまでににたつかせた、その口。
過去の表情とはまったくかけはなれてはいたが、確かにその顔は・・・
「ブリジットさん、貴方どうして!」
「我に名等ナい。コノ体も、コピーにヨる物だ。残念ナがら貴様ノ言う人物デは無い」
コピー・・・?
つまり、他者の外見を自分の物とする事が出来る能力か何かだろうか?
フェイがその偽者の分析をするものの十数秒・・・神速は、この見慣れぬ者にいくつかの問いかけをしていた。
(貴様、何者だ・・・何を企んでいる。俺らの「世代」の者ではないな。他から来たか?それとも「複製」の仲間か?)
「オやオヤ、神速殿は疑っテいラッしャルのか・・・シいて言うナラばコノ無法地帯に生まレた一つのイレギュラートでも言っテおきまショウ」
・・・「正規」の手順を踏んでいないという事か。
この世界に居る者は、必ず神と呼ばれる神聖な存在の確認を通りこの世界に生物として降り立つ事が出来る。
だが、たまにいるのがその神に見られることなく、イレギュラーにこの世界へ現れる存在が今いう「異端者」と呼ばれる者たちだ。
異端者・・・その者達は、何をする訳でなくこの世界へ空を泳ぐ雲のようにゆらりと時間を過ごす。
己が目的が、見つかるまでは。
だが異端者は、神に見つからず降り立つが為に一つの大きなハンディを背負う形となる。
それは――――己の肉体を持つことが出来ない点。
まずこの世界のランダムによる選出の元、異端者は他人の体に突如新たな人格として乗り移るのだ。
つまりそう、いわば「二重人格」というものが故意に誕生するという事である。
今まではその異端者がほぼいなかった関係で、運がない程度の判断でしか見られなかったこのケースだが・・・
(まさか、異端者が能力を手に入れるとはな)
フェイ曰く、今強い力を持つ能力・・・否、同志達の能力がちりぢりになっているというのが現状。
それが異端者の手に回った場合のケースを、まったく予期していなかった己の甘さが疎ましい。
今までただ目的もなく、ぶらぶらとしている異端者をほうっておいたのが仇となってしまったか。
「今宵の惨劇ハ宴ト化す。貴公モこノ宴を盛り上ゲル大事な役者ダ。さァ・・・舞台ヘと上ガろう」
遅かった、とでも言うべきか。
フェイの体が小さな光に包まれ、足からじょじょに消えてきているのだ。
おそらくは、ワープポータルと同じでどこかに彼が飛ばそうとしているのか・・・。
「くぅっ!」
足掻き、と言えるべき攻撃だったであろう。
体が完全に消えてしまわない内に、カタールを装備した片腕をその標的に対して伸ばす。
一直線、おそらく手馴れな冒険者でなくとも避ける事の出来るまさに一直線の攻撃。
ザクッ・・・
「え?」
私自身、その確かな刺さる音が鳴ったことに驚きを隠せなかった。
「あア・・・良イ攻撃だ。だガ貴方デは我を殺す事ハ出来ナイ・・・舞台デもその調子デ頼みマスよ・・・」
その目と思われる空洞に、更に斜めの大きな傷をつけ。
さらなる血を流しながら、確かにその騎士は。
さも愉しそうに、笑った。
「ど、どこにいくんです!?」
深い洞穴の中で、マンテの声がその中に響き渡る。
目の前では、先ほどまで倒れていたリノが仲間の静止を振り切ってある場所へと向かおうとしていたのだから。
「いか、なくちゃ・・・私の歌が、必要なの」
向かおうとしている場所は、フェイヨン。
人同士が争う、戦場に相応しい場所。
そこに、何かに呼ばれたかのようにリノが向かおうというのだ。
「私は貴方たちを忘れない。だからたまに・・・私を、忘れないで思い出してほしい、な」
「一体何・・・を!?」
まるでそれは、今から死にに逝くものの遺言のようにも聞こえた。
その寂しそうな言葉を聞き、マンテが一歩、また一歩足を先に進めようとするも何故か思うように足が動かない。
まるで足に錘を何個もつけているかのような・・・否、プリーストの使う呪文「速度減少」でもくらっているかのような・・・
「・・・、「私を忘れないで」か!」
ダンサーの歌う歌の一つ、「私を忘れないで」は基本的に相手の進路妨害等を目的とした歌である。
その特徴ある歌に引き寄せられ、足が、気持ちが急かす己の行動を落ち着かせ速度を落としてしまうというものであった。
強制的に制限してしまう「速度減少」と違い、効果の大きいこの歌―――――それに累乗するかのように、リノ自身の能力が動いていた。
リノの能力は変身とべつに、本来ダンサーが奏でる歌の効果が幅広く強化されている点にある。
それのせいだろう、本来ありえない速度で自分たちはリノを追おうとしている現状があった。
まるでそこだけ、時間がゆっくりと過ぎているかのような錯覚が生まれてくる。
「ばいばい」
少し白身のかかった笑顔を見せて、リノは走り出す。
団員達の静止の声は、彼女の耳には届かずに。
「そウ・・・今宵の夜ハ宴ト化す」
日が落ち、もうすぐ世界は黒へと変わる。
月が照らし、生死が揺らぐ幻想とも言えるその不確かな世界。
「役者ガ揃う。少々荒イ脚本デはアるが、こレハこれデ愉しめソウだ」
我は見届けよう、その素晴らしき惨劇を。
この、素晴らしき宴を。
心なしか―――――――月が、紅く燃えていた。
〜つづく〜
あとがき
どもー、鰤でございまする。
話も随分と進み、フェイヨン大暴走編をお送りさせていただいております。
暗躍する道化師、それに翻弄されるかのように動く能力者、そしてダンジョンでの攻防戦。
一体どのように転んでいくのか、目が離せないラグナストーリー、次回に期待でございまする!
(・ω・)ノ それでは〜
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