「うぅ・・・、ぐぅ!」
「ちょ、ちょっと、大丈夫なのぉ?」
深き森の奥底で、サキュバスと共に連れた騎士が苦しそうに倒れこんでいた。
額からは苦しさを現すかのごとく大粒の汗が出ては流れ、サキュバスの言葉が耳に入っていないのかただただ苦しそうにうめく。

其の時だった。

ズゥン、ズゥン・・・と、地響きを鳴らしながら、一つの大きな影がサキュバス達を囲んだ。
その足元には小さな山羊の子供が楽しそうに、すぐさま2人を取り囲むように走っていく。
「騒がしいとおもって出向いてみれば・・・主等、こんな所へどうしたんだ」
2人がこの場に居る事に解せないといった表情を浮かべながら、影・・・バフォメットの目が2人を捉える。
「いやーん、バフォちゃんお久し振りー」
「ば、バフォちゃん・・・」
バフォメットが頭を軽く抱えながら、その横で苦しそうに倒れている騎士をみる。
・・・

外見こそは、ぱっとみただの騎士である事に変わりは無かった。
だが見るべき点は外見ではない。

その騎士の倒れる周りの木、そして草が急速な成長を遂げていた。
草が生長を無し、騎士を包むかのようにベッドが出来上がり騎士を見守ってでもいるかのような錯覚を持たせる。
まるで、そこに根本的である生命の塊があるかのごとく。
それに呼応するように周りが成長を遂げていたのだ。
「判るぅ?この子、見習だった子よ」
「・・・見習、だとするとあれに生き残った生き残りという事なのか?」
「さぁー、そこまではわからないなぁ。ここに連れてきてっていっていきなり倒れるんだもん」
プリプリと、頭から煙をだして頬を膨らますサキュバス。
そんなサキュバスを流しながら、静かにゆっくりと、その騎士を持ち上げた。

ここに来たという事は、何かしらこのバフォメットに用事か、頼みごとが合ってのことだろう。

人間なんぞどうでも良いのだが、「この人間」は例外だ。
・・・最も、人と分類するのもどうかと思うが。

「それー、いくよちっちゃいのー!」
背中に我が子を乗せながら、一足早く奥へと向かっていくサキュバスを追うように歩く。
ふと、後ろを見た。
先程この娘がいた場所には、茶色く干からびた草木が生えている。
あの雄雄しく生い茂っていた草木が、まるで一瞬の夢でもあったかのように、だ。

・・・成る程、何故そもそもサキュバス等という存在を従者・・・?として従えて動いていたのかが頷ける。


「こやつ、生命を司る者か」

一つの入れ物に、幾多もの物を入れればどうなるか。
溢れ出す――――――または、パンクする。
あの草木達も、いきなり生命を流され成長をし、己の成長の限界に達してしまったが故だろう。

この者はおそらく性質としてあふれんばかりの生命を持つ者と見る。
原理こそは判らぬが、おそらく今のこの情況でさえ感じる力がより大きくなってきている。
―――――さすれば、外部からか、内部からか生命を湧きださせている何かがあるということなのであろうか?


見習と言ったが、あの時にも確か生命を司る者がいたな。
外見こそ違うが、そう、グラストヘイムの時の・・・

「く・・・ぅ、くそ、あいつ・・・!」
苦しそうに、何かをポツリ、ポツリと呟く。
放っておけば、このまま内部のこの力にこの者は潰されてしまうだろう。
さすれば行き着く先等先程の草木と同じ・・・か。

本来能力ならば、己自身でセーブすることが可能なはず。
今のこの娘の能力は、何かしらの外部的か・・・内部的な事情で暴走を起こしていると見れる。
でなければ己の力で己を潰すなどと言う状況を説明できぬだろう。

原因、か。
(先程から心地よい空気が山岳地帯の所から漂ってきている・・・本来ありえぬ状況だ、もしかすれば・・・)
まぁ、まずはこの娘から話を聞ける状況に戻すのが先だろう。
山岳地帯の方、おそらく随分な人間が命を絶たれているようだが・・・
「クク、誰だかは知らぬがよう暴れる事だな」
心地よいその邪の空気、その空気を楽しむのみである。

どれだけ死のうが関係ない。
単に心躍るその闇を己に感じさせてさえくれればそれでいい。



「流石、は、神速」
・・・やはり、私の攻撃では傷をつけることが出来ないか。

そもそもまず攻撃が当たらない。
むしろ、この世界で彼女に傷を負わせる事が出来る人物がどれほどいるというのか?
そんな疑問が自分の脳裏をかすめた。
だが、だがだ。
彼女自身まだ能力を完全に使いこなしてはいないというのが肌で判る。

マスター曰く、本当の神速の力ならば自分達が気がつくまでもなく体に傷跡が刻み込まれるであろうと聞く。
気がついた時には、もはや死が訪れているであろう、と。

そして、今だ私の性質を読みきれていない。
「えっ!?」
やはり、人は人という事か。
神速の力を手にしたといえど、彼女はまだ「フェイ=ヴァレンタイン」本人なのだ。
「どんなにはやく・・・とも、幻は切れな・・・い」


私の能力は簡単にいえば幻である。
本来あった能力に改造を加えたマスターの力・・・煙のように己の存在を空気にする事が出来るのだ。
だが、私自身この能力を完全に扱いきれているわけではない・・・否、「扱いきれない訳」がある。
そういった面ではいま目の前にいる神速と条件は同じ、といっても過言ではないだろう。

「!」
・・・いつのまに、その場にいただろうか。
神速との対峙に気を回しすぎていたのか?否、断じて違う。
紛れもなくその存在を感じさせなかったというのは彼女自身の力そのものの証といえようか。
「相変わらず無様ね」
神速を挑発しながら、戦場であるというのにゆるりとこちらへ歩いてくるその姿・・・
「く、クク・・・遂に来た、か、虚無よ」
目の前では、軽くながら神速と虚無のやり取りが行なわれている。
だが自然と自分の耳に入ってこない・・・否、入れる必要がない。

揃ったのだ。

「役・・・者が、揃った・・・」
役者が揃った。
マスターが始めしこの劇もまさに終盤。
主役である者達の一人、神速・・・そして虚無が私の前にいま存在しているのだ。
だが、まだだ。
終盤ではある、だがまだ終わりには程遠い。
クライマックスと言う名の場面が、今まさにスタートをしたに過ぎない。
「虚・・・無、そして、神速・・・。しかし、ま・・・だ・・・、まだ」


まだ、終わらぬ。
始まったに、過ぎない。
「ま だ 早 い」


一気に速度を速め、神速を置き虚無へと刃を向ける。
だが力ではあちらの方が段違いか、平然とその攻撃を受け止め器用にもそのまま剣を私へと振り下げてきた。

ガッ!

大きな音を立て、両手剣が派手に地面へと刺さる。
「え?」
驚いたのは当の本人か、先程の話し方からは想像もつかない声をあげた。
まぁ、ムリもないか・・・彼女も、「玉藻前」という人なのだから。

とはいえ多勢に無勢、こちらの出方を変えねば死は確実か・・・
「・・・無粋ナ輩が表ニいルな。紅蓮ト二人で足止めヲしテいたマエ・・・掃除をしテくる」
突如、マスターの声が脳へ直接響く。
その唐突さ、そして説明のなさからマスターが少々苛立っているのが感じ取れた。

時間を稼ぐ、か。

確かに虚無が入ってしまうと難しいが、神速本人のみであれば先程のように決着のつかない戦闘を行なえる。
つまりは、予定通りの時間稼ぎが行なえる。
・・・私達に「時間はない」、だが「時間を稼がねばならない」。
はっ、なんとも厄介な事か。
「ならば、二人って所か。彼女たちは「優しい」と聞くしねぇ」
本来ならば、そのような発言、彼女はするはずもないだろう。
子悪党のようなにたついた表情を浮かべながら・・・否、今この場で最も人間らしい表情の紅蓮が遠くから近付いて来た。
時間稼ぎ・・・能力者に人は重荷やもしれぬ、だが本人の言う通り奴等は「捨てきれぬ人としての優しさ」を持っている。

おそらく、どちらが相手をするにせよ紅蓮を殺すことはしないだろう。
何故この場に人が?我等と不釣合いな力である彼女が?
その疑問、そして不信感が一線で手を止める不確かな理由となる。
人とは何かしらで確固たる理由が出来ぬと動けぬ生き物だ。
理不尽な理由でも構わない、必ず己の納得する理由をほしがるのだ。

だがその理由が少しでも揺らげば、悩み、迷う。
その悩みが、迷いが、我等の欲しがる彼女たちからの確かな「時間」を奪う最高の材料となってくれる。
甘く官能的な、その理由こそ我等から見たら最高の「優しさ」。
どこまでも非情になりきれぬ、人としての「優しさ」。



「・・・ああ、人とは・・・なん、とも、すばら、しい・・・」
優しく、温かく、情熱的で、そして冷たく、冷酷で、冷めた生物。
そんな人を、今日程素晴らしく思う日はないだろう。
どうぞその優しさで、我等が成就の一旦を担いたまえ・・・!



「どうなった、紅蓮は、紅蓮は!」
どこを見渡せどそこは闇の世界。
心半ばにして生命を絶たれた者の末路が目の前に広がっていた。
ここは、果たしてどこなのか。

そして何と言う己の無力さか。
我を忘れ、暴走する者達を止められずに己の命を守る事で精一杯。
人として他者を止める術が、命を絶たせる事しかないとは。
「クソ、クソッ・・・」
血のにおい、肉のこげたにおい。
腹がぐるぐると回り、吐き気を抑えながらただひたすらに走った。

それは己にとって逃げなのか?
走る、探すと言う事で己が何も出来ない事を隠そうとしているのか?

考える必要はない、俺はただ紅蓮を探しに、来たんだ!
他者がどうなろうと・・・
(では己にこの状況を打破出来る力が、他者を救える力があるとすればどうする、そこを行くバード君)
「!?」
いつからだろうか。
目の前に、一人の吟遊詩人が場違いの如く佇んでいた。
表情は、物静かに、そして寂しそうに。

はたして冒険者か、または冒険者の霊なのか。
今この場で生きている者・・・生きていたとしても、言葉を扱える者が果たしていたか。
「幻覚・・・か?」
(何、これは幻覚さ。してバード君、先程の質問の答えはいかに?)
ふざけるな、自分で幻覚ですなんて答える幻覚がいてたまるか。
そ う  思 って   い      た    。
だが、何故かその吟遊詩人から目が離せなかった。
何故だ。否、その何故と考える意味すらも判らない。
本能でだろうか、目の前の吟遊詩人に今ここで確かな答えを返さねばいけない気分になった。
判らない事だらけなこの状況・・・だが、気持ちは自然と落ち着いていく。
「何か出来るなら、俺は・・・この身が滅びようとも、何かを、残したい。紅蓮に、何か起きているなら助けてやりたい」



元より、命は無かったはずの体。
リノと共に劇団を抜け、王国より命を狙われる日々を過ごす毎日。

我々は踊り子と吟遊詩人、自ら前に立ち仲間の盾となる紅蓮がいなければもはや命は無かったものであろう。
人として、男としてリノを守れない自分を悔やんだ事もあった。
だが、これはもはやどうしようもない世界の流れの一つなのだとふとたどり着く。

紅蓮には騎士という性質が、俺にはバードとしての性質というものがある。
バードという職業が、騎士という職業と同じ動作がそもそも出来るはずが無いのだ。
「私では出来ない事があんたにゃ出来る。助け合うもんさ、それが「人間」って生き物だろぅ?」

ならば今俺が出来る事は何だ。
演奏ではない、楽器で殴る事でもない、他者を傷つけて進む事でもない。
ではなんだ、今俺がなすべき事、そして出来る事は。
「俺は紅蓮を助けたい。ではどうすればいい、お前には俺が何か出来るかを知っているのか」
(・・・「輪廻」)
ぼそっと、俺の後ろを見ながらその吟遊詩人は呟いた。
その声には、小さいながらも、確かな力強さ、そして待ち遠しさを秘めた言葉であった。
「へ、へへ、おい、ついた・・・」
振り返れば木の棒を頼りに、ふらついた足取りで俺の方へ歩いてくる人影。
「リノ、何でここに!」
つい叫んでしまったが、聞かずともリノの帰ってくる言葉はわかりきったものであった。
「だって、皆、苦しんでいるんだよ。私だけ倒れているわけには、いかないわ」
リノだって、俺と同じ助けたいと思う一心でこの場に来たということだ。
だが、果たして彼女に何が出来るのか。
・・・いや、俺だって先程まで同じようなものだったか。
「安心しろリノ、紅蓮は俺が何とか助け出す、リノはどこかに隠れているんだ」
このままではリノが衰弱しきってしまう、何としても彼女には今休養を行なって貰わねば。
「あんた、ちょっと待っててくれ、リノを安全な所へ置いてくる!」
聞いているのか聞いていないのか、その吟遊詩人は呆けたまま返事は返ってこなかった。
先程までの豹変ぶりに苦笑をもらしながらも、リノを背負い先にある宿屋を一人目差していく。
その後ろで、何が行なわれているかも気がつかずに。



「死骸しか見当たらぬな」
あの若者達と別れて数分、フェイヨンを見渡すが奴の姿は見つからずに人間の死骸の上を歩いていく。
ここまで死骸が多いと、生きている者を探す事のほうが大変なきさえする。
「中央か、そこ等の方に行けば・・・!?」
即座に、声を出さずに後ろにいる部下を手で制する。

一度、我が目を疑った。

だが、あれは確実に・・・、否、確かに奴等は・・・



(久し振り、「放浪」。私もこうやって微弱ながらも実体化出来るとは思わなかったわ)
この世を懐かしむように、そして死んだ者を悲しむように。
「放浪」と呼ばれた吟遊詩人の前に、「輪廻」と呼ばれたハンターの外見をした女性が姿を現した。
(そっか・・・そうしているってことは、貴方はもうこの世にはいないのね)
目を細めながら、改めてハンターが吟遊詩人の姿を見た。
その目に秘められたのは悲しみか、それとも何なのかは判らない。
ふぅ・・・と軽く息を吐き、辺りを見渡す。
(僕等は「消滅」したはずの身・・・何故、この場に僕達が居られるのかが不思議だな)

「それはお前等も感じているだろうが「神速」や「虚無」、そして俺がいるからではないのか?」

(オークの王!?何故このような場に?)
豆鉄砲でも食らったかのような表情を浮かべる放浪を見ながら、静かにロードが笑う。
「久しいな、放浪、輪廻。まるで数百年昔に戻ったかのような気持ちだ」
まるで過去の友に再会したかのように、笑みを零すロード。


―――――――――――この世界に霊という概念はない。
死んだ者は、ただただ記憶に生き、そして記憶と共に忘却の彼方へと消え去る存在。

この場で僕達が何故こうして実体化しているのか・・・という理由を探ると次のような事が考えられる。
先程言っていたように、僕等がこの場に居るという事は僕等を「覚えている・知っている」者が居るという事。
それも確かな意識をもち、「生きている」状況に限る。
この点は目の前にいるようにオークロードが居る事でクリアーしている。

次にでは何故我々が実体化できているのか?
常人が思っている以上に、記憶という存在を実体化出来るのは容易な事ではない。
まるで、この場全体がそういった存在を実体化させるが為に動いているかのような・・・

「確かにこの場はおかしな力で覆われている。貴公等の仲間の生き残りが何やら変な動きを見せているようだな」

オークロードは笑う、あたかも何を行なおうとしているのかを見透かしているかのごとく。
その場に、数秒だけの沈黙が訪れた。

記憶の、実体化――――?
身を持たぬ存在を実体化させる?
それはつまり、記憶も然り、精神体でも然りという事だろうか。

・・・精神体?

(そうか!そういうことか!)
何故このようなことをしているのか、そしてそれを強行した場合の最も効率的な行動。
それが、今回の事例と見事に噛み合った。
(でも、それを止めるとなると・・・あの子らの全面的な協力が必要ね・・・そう、全面的な)
二人が向かった先、宿屋を見ながら輪廻が呟いた。

「―――その話、詳しく教えてくれないかな」

突如、三人の耳に響き渡る弱弱しい声。
考えずとも、その声の本人はわかりきっていた。

そうか、彼女は輪廻の能力の一部を持ち、どんな遠い所の声でも聞こえるんだったな・・・。
(・・・後戻りはできないわよ)
「私なんかで役に立てるなら・・・立てるなら、私は、それを望みたいの」
そう、もう、守って貰うばかりの存在じゃない。
私にもできることがあるのならば、できることがあるのならば・・・

私は、命をかけてもそれをやりとおしたい。

(そう・・・ならば私達も貴方達の覚悟に乗るわ。覚悟をお互い決めましょう)
ふふ・・・っと、少しだけ楽しそうな笑みを初めて浮かばせ。
道化師の劇に、ここより新たな流れが加わろうとしていた。



「・・・おやオヤ、是はまた・・・」
戻ってみれば、何ともな展開を迎えてるときたものか。
本体の命を盾に、動く事の出来ぬ紅蓮。
本体を狙う虚無に、本体を生け捕りにでも考えているのだろう、周りに気を張った神速の姿があった。
成る程、本体を盾にすれば手が出ないことがばれてしまったか。
確かに媒介である紅蓮本人の体の命を確保出来れば、分身である彼女の動きを抑制する事はできるだろう。
紅蓮本人を、そして分身を抑える素晴らしい作戦であるといえる。


だ   が   、   甘   い


「クくく、私ヲ忘レて貰っテは困る・・・」

すっ・・・っと、道化師の体が消えた。

一つ、余興も悪くない。
先程から己の体にしがみ付く「ある物」を持ちながら。



「操られているそいつに話を聞こうたって無駄なのよ。判ったらさっさとどいて頂戴」
突然の横槍に苛立ちを隠せないのか、先程の張り詰めた空気に更なるプレッシャーがかかる。
成る程、操られているという事は正気を保っていないという事か。
となると困った、果たして操っているのは道化師の方か、それとも分身の方か・・・
いや・・・分身自身この紅蓮から出ている能力の一部に過ぎないはず、だとすればやはりあの道化師の方が可能性は高いといえるか。

能力は、初めの試練に打ち勝ち初めて能力が扱えるステップへと成長する。
私も過去能力に己を飲まれそうになった身ではあるが、今はこうして神速の能力をいくらか扱える所まできている。
私の例からで言えば、この紅蓮はある程度能力を開花させている・・・能力による本人の押さえ込みはまずないと見ていいだろう。
道化師・・・そういえば、道化師の気配が先程から無い・・・
「実ニ素晴ラしイ。発想の機転、ソしてソレを行なエル器量の大きサ。嗚呼、かくモ名優トは華やかニ輝くモノナノカ」
さも嬉しそうに、その存在は「いつのまにか」私のすぐ近くに立っていた。
「紅蓮、素晴ラしイ活躍だ。よクゾここマで耐エテくれタ。カの神速殿相手ニこノ結果は大きい」
パン、パンと手を叩く音が響く。
カカカカと魔物を彷彿させる笑い声を上げながら、目から滴り落ちる血をより多くさせながらさも嬉しそうに。
死体の上を、悠々と道化師は歩く。
「サて、暇潰しモソろそロ御終いニしヨウ。外の野次馬処理モもウ飽きタ」
ポイ、と何かを道化師がフェイの目の前に放り投げた。
それは「腕」だった。
スピアを握った騎士の腕。
ただの変哲もない腕だった。

「貴様・・・」

他の人が見れば、ただのとある騎士の腕で終わっただろう。
だがフェイは見てしまった。
おそらくマントの部分であろう、肩にまきついた部分に確かなその者が所属していたと思われるエンブレムの一部が残っていた。
そして、その腕には確かな見覚えもあった。
「脆かっタゾ、マるデ紙屑ダったよ!」
「貴様・・・!」
数秒だけ、紅蓮の体から己の意思を抜いてしまったのが命取りとなった。
「目ヲ離しテはいケナい。劇ニとッテソれは失礼ニ値すル」
いつのまに。
先程まで紅蓮を手にした所に紅蓮の姿はもうなく、少し離れた所に紅蓮と、その声の主が存在していた。

「そうだね、目は離してはいけないね!」
ズッ・・・!
「ギ・・・・・・!?」



玉藻前は見逃さなかった。
フェイが腕の先の道化師に気を取られている数秒、フェイの手先に靄が発生したのを。
その靄がみるみる実体化し、紅蓮の本体を手に少し遠くに動いていた所を。
移動と同時に、微かな隙が出来た事を。


すっと、水平に玉藻前の2hsが持たれる。
「ギィィィィィィイイイ!」
その後ろで、断絶魔をあげながら道化師の首がずれていき、そして落ちた。
最後は偉くあっけないものだ。
流石の道化師といえど、首を落とされてしまっては生を保つ事は出来まい。
だが、この狂劇はどこまでも・・・生というもののあり方すら狂っていた。


「ナンテ、な。覚えてオクトいイ虚無ノお嬢サン。人の外装ヲしテイル者が、必ずトも人ト同じ殺傷方法デ死ぬトは限らないノダよ」
「な・・・!?」
まるで何事も無かったかのように、道化師は立ち上がった。
道化師の顔はそのまま紅い血へと変わり地面へと返っていく。
首から上は紅い丸を描き、じょじょに先程まであった道化師の顔を形成していった。
「脳、酸素。人トしテ大事ナ物ガ果たしテ私ノ大事ナ物デあるトは限らない。見誤ったナ、虚無ヨ」
ククク・・・と含み笑いを浮かべながら、気がつけばその顔は先程の道化師の顔そのものへと完全に成り代わった。

果たして本当にこの目の前の化け物は自分達と同じ次元の物なのだろうか?
得体も知れぬ不安がフェイの脳裏を掠めた。
(奴とて無敵ではない。それに能力と呼ぶには余りにもお粗末だ・・・おそらくは、お前等と似たり寄ったりかもしれんな)
神速は、この狂劇の中一つの光を見ていた。
我等の能力を持つ者が、何故にここまでまどろっこしい事を行なうのか。
冒険者の生を絶つ?我々自らが?
そもそも我々は己から行かずともいつも簡単に様々な事をこなせる存在であった。
そして、各々が能力を持ち人の範疇では成し遂げられぬ世界を見ることが出来た存在であったはずだ。

それがなんだ、たとえ奴の趣向があるとはいえこのお粗末な物は。
まるで自分自身からそういった役を自ら引き受けるようにも見える。
我々はそこまで表には出てはいけない存在、何故にあそこまで注目を浴びたがる。
自ら、恨まれる役をして一体何が狙いなんだ・・・!?


「・・・あんた、邪魔をしたんだから一つあのイカれた奴を少しでいいから抑えて頂戴」
そうフェイにだけ聞こえるように言葉を零し、2hsを持ち直して道化師たちを見据える。
その目は確かな自信、そして確証に満ちていた。
「説明は入れてくれないのね・・・まぁいいわ、ただ紅蓮を殺しにかかるなら容赦しないわよ?」
悔しいが、現状この女が何かを閃いたというのであれば乗ってみるのも一興だろう。
無論紅蓮を殺しにいきかねないのでそこらについての警戒も怠るわけには行かない。
「殺しはしないわ、ほんの数秒でいい、道化師を引き剥がして頂戴」
ずっ・・・っと、その体が二つに増える。
成る程、驚異的な速度による目の錯覚を利用した増殖でなく、この玉藻前自身の能力による分身か。
そんな分析をしながら、時同じくしてフェイも身構える。
数秒か・・・ああ、なら簡単じゃないの。


ドンッ!
「!?」
強い衝撃を受け、突如紅蓮の体が数M先へと飛ばされる。
「ン、何を考えテいるノやラ」
次に自分を標的としてみたか、カタールを寸での所で手で抑える。
真紅色のカタール・・・見慣れない物だとは思っていたが成る程、神速殿が宿っているのはこれか・・・。
直で触ると、そこからは己を切り割かんとする確かな人の気が存在していた。
「道化師、貴方私の仲間を殺ったわね」
ギギ・・・と、手の金属部分とカタールが互いにぶつかりあう音が鳴る。
「あいつ等は、バカで、どうしようもない奴等だったわ、だけど・・・」
だけど、あいつらは、いつも笑って、語り合って、そして哀しんで・・・

確かに恨み言から始まった集団に過ぎないかもしれない。
だが時間とは不思議な力を持つ生き物である。
時がたつにつれてそこは、一つの仲の良い集団へと変貌を遂げた。

時の番人とは別の、確かな私の居場所だった。
こいつは、その居場所を・・・!

だが、目の前の奴は笑った。
ただ一言。
「何、暇潰しサ」

「貴方は、命を何だと思っているの!?」

ヒュッ・・・
神速の速度が一瞬にして跳ね上がる。
動きから発せられる空気がまるで刃物のようにさえ感じる。
「成ル程・・・」
人は、感情の爆発により時として新たな力を発しやすい生き物であるとは認知していたが、神速もその類か。
良い場面を見る為にはやはり色々手を加えてみる物だな。
刹那。
ズッ・・・っと、気がつけば腕に一本の線が浮かび上がってきた。
「!?」
視界が・・・ずれていく!?


フェイは一つの仮説を立てた。
相手の能力は判らぬが、おそらくは・・・ブリジットさんと同じ、驚異的な生命力を持つ生物ではないかと。
道化師は己の首から上が取れても再生するという本来あってはならぬ現象を見せた。

思い直して欲しい。
過去、ブリジットという人物は己の心臓、胸に両手剣を突き刺して尚生きているという場面を私達に見せたのだ。
もしかすれば、この道化師という奴は外見だけでなく能力すらコピーを行なっているのではないか、と・・・。
(再生出来ぬほどまでに細切れにすれば・・・)
おそらくまた再生を行なう可能性は十二分にありえる。
だが、シンちゃんの言い分では無敵ではない・・・つまり、必ず滅する事の出来る条件か何かがあるはずなのだ。
「ギ・・・!」
私がとまった瞬間に、目の前の道化師が細切れになって地面へと崩れ落ちていく。
まるで積み木の城が崩れていくかのように。
落ちては紅い血となり地面へと染みていく。
数秒もたたない内に道化師は、地面へと完全に同化してしまった。

「・・・ヤってくレル、神速ソの者が降リ立っタヨうな錯覚ヲ受ケたよ」
それはまるで噴きだす水の如く。
一つの水柱が紅く立ち、そしてまた道化師の姿が形成された。


己の体を幻に出来た紅蓮のように、この道化師は己の体を水・・・否、血液そのものにする事で死を回避しているのか?
ぱっと見ではあるが、今の仮説が最も道化師の能力にしっくりきているきがする。
だがその場合、ブリジットさんが本来持っていた能力・・・
驚異的な再生能力、という物とは少しかけ離れてしまう気もする。
(まさか、こいつの能力はコピーではなく道化師自体の能力なの?)
中々に読み難い・・・だが、元をただせば死ににくい能力、という意味合いでは接点は確かに存在していた。
血液に戻る能力、それがもし正解だとしたら付け入る隙は必ず存在している。
「もうちょっと付き合って貰うわよ!」
「来ルか、クルか、神速!」
私と対峙する道化師は、さも楽しげに笑った。



一方、神速達とは少し離れた場所。
「中にいる紅蓮本人よ、貴方に朗報を一つあげるわ」
紅蓮と、分身を目の前にして虚無は一つの昔話を始めていた。

それは極最近の、フェイが暴走をした時の話であった。
己の体を能力に食いつぶされ、寸でのタイミングで戻ってきたフェイの話。

実際の所、私とてこの話に関して例外とはいえない身であった。
体が己の体でなくなる感触、まさに虚無と呼ぶに相応しい感覚であったと言える。
だが戻ってこれた・・・そこには、私なりの一つの戻らねばならぬ理由、信念が存在していたから。

「紅蓮、能力は絶対に己を食い尽くす事は出来ない。お前の自由が利かないのは、それは偽りそのものよ」

「何を・・・言、って、いる!」
痺れを切らした分身が、私へと切り込みをかける。
腕もあり、そして精神的な面でもかなり強い能力だ。
だが、それだけでは本来の持ち主である私達を縛る事は敵わない。
「道化師の戯言に耳を貸すな、分身の戯言に耳を貸すな。虚言、戯言、それが貴方を縛っている元よ」


この虚無と呼ばれる人物は、偉く可笑しな事を言う。
自由が利かないから、こうして私自身の無力をかみ締めているというのに。
この感覚が偽り?ならば何故動かない、私の体なのに、何故。
「後は貴方で何とかしなさい、紅蓮。道化師の下らない劇に付き合うというのなら、私はもう止めはしないわ」
「マスター・・・の、悪口は・・・私が、許さん!」
血相を変えた分身が、先程よりも激しい攻撃を行なうようになった。
分身との応戦に集中をしなければならなくなったのか、集中がただ一つ、分身へと向けられる。
今までのは私に話し掛ける為に時間を割いていたの、か。

冷たい、寒い、暗い。
これが果たして本当に偽りのものなのだろうか。
右手は動くか、左手は、足は、目は。
動かない・・・まるで糸が切れた操り人形のように、まるで動く事が敵わない。
はは、は、やはりだめじゃないか。
これほどまでに力をいれて動けないなんて、私の自由は・・・
(ったくだらしねーな・・・背中を押さないと動けないのか、紅蓮とやら)
ふと、その寒い世界に一つ、ほんのり温かい光が降り立った。
姿は見えぬが確かに人型をしており、男性のしっかりとした声であるのがわかる。
(この世界は一時限りの異空間と考えろ。お前が望まなくして起こり得る事がどうして起きようというのか)
私が、望んでいないだと?
自由になるのを?
誰かの体を切り刻む時、止めようとしたのを?
(・・・あーもー、いいか!?お前は、お前の体で、これからまた大切な人を殺してもいいってのか!?)
「そんな訳ないだろうが!」
その場に、数刻だけの静けさが訪れる。

(俺はお前に宿ってからずっと見てきた。お前のぶっきらぼうながらも、繊細なその人間性に惚れてこうして出てきたんだよ)
フン!と明後日の方向を見ながら、その光は話を続ける。
(俺とて、本来出てこれるはずはなかった。だが、この異空間、そして出てきたいという意思がこの場を生んでくれた)
手を、足を。
その光は、己の体をじっとみながら、静かにそう呟く。
(全ての感覚をリセットしろ。そして抗え。この体の本当の持ち主は誰であるかを、己がどうしたいかを)
じょじょに、ではあった。
その光の体が、段々と消えかかっているのを。
維持出来なくなったのか、それともまた別の理由があったのかは判らない。
(俺にも未練なんてものがあったのか・・・中々に不思議なもんだ。紅蓮、お前は飲まれずに生きろ、まだ死ぬべき器ではない)
下半身が消えた。
だが、その光の表情に苦しさは存在しない。
「あ、あんたの名前は!?」
何故か聞かなければいけないと思った。
ここまでに己を動かす理由は考えてもどうしても判らない。
(俺はお前と共にある。我が名は代行者が一人、「不変」・・・なんてな、ククッ、やはり俺には・・・このような・・・)
首から上が消えていく。
(このような・・・改まった言葉は・・・似合わねぇ・・・)
すっと、その光は音も立てずに完全に消え去った。

そして、また私は一人となる。
寒いし、冷たいし、暗い。
相変わらず己の体の自由は利かない。
「不変、か。私の能力の本当の名前は不変という名前だったのかい」
今まで知らなかった、本来の能力の名前。
能力に意思があったのは意外だが成る程、確かにあれほどの力ならば意思を持っていてもさほどおかしくは無いともいえる。
「・・・能力のお墨付き、中々に悪い境遇じゃないねぇ」
一人、笑いを零しながら。
紅蓮は前を見据える。



「ふははははははは!良い、良イぞ神速、貴様トの踊リハ実に心躍ル!」
ただ一言に、道化師は楽しそうだった。
血が飛び散り、互いの肌に切り傷をつけ、金属と金属のぶつかる音が響く中。
何が奴をそこまで高揚させているのかも、私にはまったく不明だ。
だが。
その笑う面、楽しそうな声、その一つ一つが酷くイラつく。
「貴方はっ・・・こうと人を殺し、壊し・・・何とも思わないのっ!?」

返ってくる答えはおのずと判ってはいた。
おそらくは、奴自身は殺人快楽者か、またはそれに近い存在であろうと。

「何トモ・・・ハ無いナ。だガ壊シて初めて意味ヲ成ス存在だ、ナらば、壊サネばナるマイ」

初めて、道化師が笑わずに、真正面からフェイの目を捕らえる。
聞いた当初は意味が掴み取れなかった。
この言葉に道化師のどのような感情が込められ、そして言い放った言葉なのか。

後に、フェイ含めこの場全員の能力者が、この言葉の真意を知る事となる。



「!?」
一瞬、道化師の体がビクンと揺れる。
「オ、アァ・・・オォ!?」
よろめきながら、小さい咆哮とも取れる声を微かにあたりに撒き散らしながら。
道化師の表情から、先ほどまで見せていた笑いが消える。

と、同時に。
突如道化師と私の間にあった張り詰めた空気が何故か崩れていく。
崩れていく?否、道化師が気でも抜けてしまったかのように「崩した」のだ。
ありえるはずのない、今までずっと見せなかった道化師の初めての本当の意味での「隙」
この場が戦場であるかを忘れたかのような余りにも目に余るその隙。
(何故・・・!?私を誘っているの?)

あからさまな空気の変化に戸惑いを見せる中。
「・・・ぐ、紅蓮!?」
ただ一言、紅蓮の名前を口にし道化師が私の目の前から姿を消した。
「待ちなさい!」
気配を消す事すら忘れたか、道化師の行った先が手にとるようにわかる。
罠かもしれない・・・
そんな言葉を脳裏がかすめる中、道化師が向かった先へと私も向かう。
ここで逃がすわけには行かない、たとえこれが奴の罠だとしても、だ。

いや、むしろ罠という確立の方が低い気すらする。
初めて・・・そう、初めて奴が見せた動揺。
何故あの程までな動揺を見せたかは不明だが・・・
(まさか、紅蓮が殺られた!?)
不吉な予感が過ぎる。
道化師が仲間という概念を持っているかは判らない。
だがもし、どこかに仲間を心配する気持ちがあるとするとすれば。
紅蓮の身に何かがあったとすればでだが道化師のあの動揺っぷりも納得がいくというものだ。

だがそれは私にとっても必ず良い結果とは限らない。
この予測は、紅蓮の身の危険を意味した物である。
・・・元を考えてみれば、あれが私の忠告を本当に守ってくれるかどうかの保証すらなかったのだ。
可能性として考えていなかった訳ではないんだけど・・・
「面倒な事にならない事を祈るしかないわね」
道化師の歩いた道には、真っ赤な鮮血が一つ、また一つと。
まるで零れる涙のように、地面に染みをつけていた。


「き・・・ぐ、ぎ!」
「紅蓮!」
果たしてこの場で何が起こっているのか。
苦しそうに蹲る紅蓮、それに慌てて駆け寄る道化師の姿。
「すごいでしょ・・・あれ。貴方が昔暴走した時とよく似た光景だわ」
血で染まったのだろうか。
赤い、紅い岩に座りながら冷ややかな眼でこちらを見る玉藻前の姿がそこにはあった。
「あれは一体どういう事、内容によっては・・・」
チャキ。
敵意を剥き出しにしながら睨みつける私を見て、くくっと楽しそうに笑う。
・・・いや、それ以前に考える点があるのか。
彼女はあの紅蓮の様子を見て、私が暴走した時と似た光景だと話した。
振り返れば、そこには苦しそうに蠢く紅蓮の姿。
「あぁ、マ、マス、ター・・・」
もはや立つ事すら叶わぬか、ただただ弱い声で道化師を呼ぶ。
「オォぉ、紅蓮、我が同胞ヨ・・・!」
一瞬。
まだ確かな意識を持つ紅蓮を見。
道化師の表情に確かな安堵感という物が見て取れた。

何と、あのような殺人鬼にもそのような感情があったのか。
私達に見せる事は無いであろう、あの表情に少々の戸惑いが生じた。
「虚像は続かない・・・たとえ言葉という鎖で縛ろうとも。幻覚というのは本人が気がついた時点で終わるのよ」

たった一つ、紅蓮の背中を押しただけ。
後は知ったこっちゃなかったのだが、どうやら紅蓮本人は言葉を乗り越えてきたようだ。
・・・ある意味で、紅蓮もまた、このフェイと同じく能力に押しつぶされない強い適応力か何かを持っていたという事だろう。
それは私も例外ではない。
だがこの能力、やはり使えば使うほどに不思議な新たな能力が覚醒している気がした。
やはり、あの道化師か・・・今は居ないがあのいけ好かない騎士に聞くのが手っ取り早いのだろう。
目の前のあいつは、果たして簡単に答えてくれるか。

「ちょっと、黙ってないで状況を説明しなさいよ、一体何が起きてるっていうの」
黙ったまま、どこかに意識でも飛ばしているのだろうか。
意味深な言葉を残し、玉藻前は二人をただただ見つめるだけになってしまった。

「マス、ター・・・マスター・・・」
紅蓮の周りにだけ重力が余計に圧し掛かっているかのようにも見えた。
ひどくぎこちない手つきで道化師へと手を伸ばす。
ピキッ・・・と小さく手の皮膚に亀裂が走る。
「マスター・・・私、は、役に、立て・・・ました、で、しょう、か」
ピキッ、ピキッ!
また一つ、また一つと紅蓮の体に亀裂が走る。
手、腕、足、顔。
「嬉・・・しか、った・・・誰、にも、認められず・・・この、まま、終、わる・・・の、では、ないか・・・と、怖か、った」
顔の頬に当たる部分の肌が、音もなく崩れていく。
中には何も無い・・・本来あるべきである骨はなく、表現をすればそれはまるで入れ物のように。
そこには黒い穴、空洞が出来上がっていた。
「こ、んな・・・私で、も、存在、出来て、いる・・・実感が、持て、て」
手首から先が、すなわち手が崩れ落ちる。
もはやその光景は人ではない。
これが能力者・・・いあ、人ではあらず者の末路だというのだろうか。
「オォ、オ・・・!私ト、存在シうる者ニナルべキお前ガ・・・ここで幕ヲ閉ジヨウと言うノか・・・!」
道化師はただ、紅蓮のみを見血を流す。
今まではただ流れているだけに見えたが、今ではまるでそれは紅蓮を哀しむ為に流す涙のように見えた。
どうやら思っていた以上に奴と紅蓮の間には硬い結束があったのだろう。
苦しげながらも、紅蓮は道化師を見微笑んだ。
「マス、ター・・・せめて、貴方だけ・・・で、も、私は、こ、こで、生贄に、な・・・り、ます」
「紅蓮!オ前は私と一緒ニ!」
「もは、や、私は存在出来・・・なく、なり、ます、せ、めて、マス、ターだけ・・・で、も」
手から先はない・・・だが、紅蓮は両腕を道化師へと伸ばし、そして道化師の顔の近くで動かした。
私には、見えぬ手が道化師の頬をなでているように見える。
紅蓮の顔の半面が崩れていく。
「嗚呼、私、は、マス、ター・・・の、中で、生き、て、貴方に、付いて・・・行き、ま、す・・・」

「私は、いつで、も、貴方と共・・・に。マスター・・・私は、貴方を・・・」

「紅蓮!」
その言葉が最後となった。
全身に一瞬にして大きな亀裂が走り、もはや声も出せぬほど紅蓮の体は崩れ去っていた。
だが、たった一つ。
それでも残った紅蓮の顔の半面が、ただただ、微笑む。
言葉はない。
ただそこに、紅蓮が一つ・・・


生きろ、と。



「まずい」
いやな予感を察したのかは判らない。
ただ一言そう呟き、玉藻前が両手剣を持ち立ち上がった。
「あいつ、ただ死ぬだけっぽかったから見てたのに隠し球を持ってるみたいね」
なんとも素敵な趣味をしているのか、こいつは。
そう思ったもののこのまま道化師に次の手を打たれるのはまずい。
私も戦闘態勢に入る中、横を凄まじい地響きと共に強風の風が突き抜けていく。
おそらく玉藻前が渾身の一振りをした故の衝撃波に近いものだろう。
過去何度かこの攻撃は見ているのだが目にみて判る程に迫力が変わっていた。
おそらく・・・生身の人間が当たれば跡形もなく吹き飛んでしまうほどにまで進歩していると見ていいだろう。
たった一振りでこの威力。
(まったく、歩く凶器ねもはや)
と呟いてから私自身も似たようなものである事に気がつく。
ああ、自己嫌悪。



そんな私をよそに、その衝撃波は確実に道化師達を食いつくそうとしていた。
が。
何かに阻まれ、道化師達に行き着く前に衝撃波は大気中に分散してしまった。
ゾク・・・と、何故か寒気がした。
気がつけば、先程よりも遠く、道化師と距離を保つ自分がその場にはいた。
「ちっ!やはり予感的中みたいね」
彼女も同じく何かいやな予感でも察したか、似たような間合いを道化師と取っていた。

グルン!
その腕には紅蓮の末路を抱え。
先ほどよりもより多く眼より血を流しながら、道化師がこちらを見ている。

「貴様、等、我ガ・・・我が同胞をヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモ」

壊れた機械のように。

「ヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモ」

ただそれだけを繰り返し、繰り返し。
それだけを繰り返し呟きながら、立ち上がった。

「理基本常識一般全テヲ枯レサセヨ栄光富名声評価存在全テヲ我ニ我ニ我ニ我ニ与エ塊ヲ我ニ我ニ我ニ我ニ我ニ我ニ!」

ガガガガガガガガガ!
円を描くように、紅い円形の何かが道化師を囲む。
「輪廻ノ歯車ヲ軋マセ帰路ヲ絶チ理ヲ絶ツ!天ト地を化カシ我ニ世界ノ道ヲ開通サセ道ヲ通路ヲ終ワリナキ道ヲ作リ汝等ヲ誘ン!」
「!? 魔方陣!?」
それは一言で言えば単体魔法で敵を補足した際に出る魔術の魔方陣と酷似していた。
だが、それから発せられるいびつな空気、雰囲気はまるで別物といってもいい。



「カカカカカカモモモモモモハヤモハヤモハヤ止マラヌ!戯言ノ世界ハ崩レ虚像ノ世界ハ崩レ陰ト陽ヲ混ジラセ欠陥完備ノ世界ヲ我ガ魂ニ宿ラセン宿ラセン!」
「止まれって・・・いってんでしょ!?」
玉藻前の渾身の一打がその結界へと打ち込まれる。
ガァン!
大きな音を立て、玉藻前の両手剣が空に円を描き弾き飛ばされる。

・・・ちょ、何、あの硬さ。
おそらくだが私よりも攻撃力に優れてるであろう玉藻前の攻撃が、見事に弾き返されてしまった。
まずい、あの結界おそらく私では崩しきれないかもしれない。
冷や汗が頬を滴り落ちる中、ぐるんと顔を動かし獲物を捕らえるかのごとく道化師の眼の焦点が自分達を捕らえる。
「貴様等ノ能力・・・確カ禁術等ト呼ビ畏怖シテイルラシイナ」
ボタボタボタボタボタ。
おかしい、先程よりも確実に多くの血液が流れ落ちている。
故意・・・?いあ、何かの影響で体を保っていられなくなっているのか・・・?
「貴様等ノ能力、ソレハ禁術デハナイ。過去に存在シテイタ「13の執行人」ノ能力ノ一欠ケラ、即チ神ニ近イ者ノ力」
「・・・禁術では、ない?」
この能力を手にする事が禁術ではない?。
それはつまり、一体何を私達に伝えようとしているのだろうか。
「貴様等ニトッテ確カニ禁術カモシレヌ・・・ダガ、我々ニトッテソレハ禁術デハナイ。何、今カラ御見セシテサシアゲヨウ」


「ヒヒヒヒ、ハハハハハハハ・・・!紛イ物デハナイ、本物ノ秘術・・・禁ジラレシ禁術!サァ!フィナーレトイコウ!」


魔方陣が一際紅く染まり、辺り一面を紅く照らす。
それはまるで、私達が血塊になったかとさえ錯覚を思われる程の紅。

フェイヨンが、紅く染まる。
これから起こる狂劇の、終幕を締めくくるべく。
紅く、紅く染まる。



〜つづく〜



あとがき
いや、いや、長らくお待たせしました。
中々に難航しつつ、何とか後半で終わるようなボリュームにした結果このような長さになってしまいました。

確かな人らしき一面を見せた道化師の、フィナーレと名づけられた紅い魔方陣。
これがもたらす結末は、そしてそれと対峙する能力者達はどううってでるのか。

見逃せぬ展開の後編、どうぞごゆるりとお待ちくださいませ。



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