「オォ、同胞、見エルか、感じてイるカ!我等が悲願、我等が無念、今コこニ成就さセようぞ・・・!」
紅い魔方陣の中、最早「入れ物」という表現に相応しい亡骸を持。
幾多の者で出来た血の池に浸かり、また己の目より血を撒き散らしながら。
道化はただ一人咆哮する。

亡骸からは、返事の変わりに血が流れる。
―――――初めて、「入れ物」にはあるべきでない、人の証、そこには確かにそれがあった。
血を流すその入れ物の姿・・・たとえるなら、それはさながら壊れた花瓶のよう。
何かを求め、何かを手に入れるが為に・・・まるで、それは意思を持つように血は地を這いずり道化にまとわりつく。
その姿を見、道化は空に向く。
「ソうだ、同胞ヨ。その体、タトエ作ラれぬトモ、我と共ニ生きヨうゾ・・・!」


手が伸ばされる。
その先にはフェイが、玉藻前が。
そして、神速が。
誰に向けたか判らぬその手を、全てへと向け。


「―――我ガ命題、ココニ完結ス。モハヤ、キサマラノシュチュウニオサマラヌコトヲシレ・・・!」



それが合図となった。
紅き魔方陣は突如宙を舞い、道化の背に陣取るかのようにその姿を三人へと向ける。

ふと、軽く、しかし冷たい風が吹く。
「風・・・つっ!?」
その風は一瞬にして嵐の如く強さを放ち、周りのもの全てをまるで吸い込もうとしているようにさえ思えた。
なんだろうか、この違和感は・・・道化という敵と対峙してるが故?・・・いあ、違う!?
否応なしに本能だろうか、その魔方陣からさらに距離を取る自分がいた。
何故だろうか、体が異様に重く・・・そして、軽く目の焦点が合わない。
おかしい、私はこんなに疲れている程に動いただろうか?
「・・・おかしいと思ったら、精神力を持ってかれてるね、あの魔方陣に」
声の主は2HSに体重を乗せ、こちらもまた辛そうに魔方陣を見ていた。
この気だるさは精神力をほとんど吸い取られた故、か・・・。


技を出す際に、私達は必ずといっていい程に精神的な負荷がかかるようになっている。
まぁあれほどまでに集中して一つの磨かれた技を出そうとなれば、それはもはや必然といっても当たり前だが。

私が驚いたのはその点ではない。
戦う事によって削られる体力と違い、精神力といった曖昧な物を果たして削る事等論理的に出来るとは到底思えない事態だった。
精神面を削る?一体どうやって?
ああ、だめだ、考えようにも・・・頭、が・・・動かない。


「――――ああもう、本当に狂ってるわね」
苛立ちを隠せずに、一人悪態をつく。
だがこのような結論にだけは達する事が出来た。
精神を削る・・・それは即ち、見えぬものに触れる事が出来ると同等。
あの魔方陣はどうやら、私達の見えぬ物に手をつける代物らしい。
どんなカラクリかはしらないが、成る程、禁術の一種と考えれば確かにおかしいがおかしくないとも言える。

禁術と呼ばれるだけに、何もかもが許されるが為に故に禁じられ、現実世界から隔離された世界。
先ほど、道化師が私達に言い放ったあの言葉。
(紛イ物デハナイ、本物ノ秘術・・・禁ジラレシ禁術!)
・・・気になるわね。
私達のこの能力を手に入れるまでの過程を、私達は「禁術」と呼んでいた。
だが、それが間違っているというのだろうか・・・?

「是が間違っている、紛い物っていうならば、あの本当らしい禁術は一体どうなっちゃうのよ・・・」

想像がつかない、ああ、先ほど感じた寒気の要因の一つはもしかしてこれのせいだろうか?



ふと、明るい光が自分の真横を過ぎる。
紅い中、確かな白・・・はて、何とも不釣合いな物か。

だが何故だろう、その光、見ていると心の奥底が、とても温かくなる・・・。
あれは一体?
気がつけば、その光は自分達の周りに一つ、また一つと数を増やし規則もなくただただ浮遊している。
温かい、手で、あのぬくもりを、感じたい・・・。
(馬鹿、触るな!)
「!」
カタールからの怒声がフェイの脳内を酷く揺らし、そこで初めて現実へと引き戻される。
「へ、あれ?私は」

その時、私はある意味で初めてその光を改めて直視する事となる。

「・・・ひ、と・・・?」



人の形をした、光・・・生まれてこの方、私は初めてこのような不思議な光を見る。
是は一体なんだろうか、そして、あの温かさは一体・・・?

「そレはナ、人ノ魂―――――人間ノ基盤となル生命ノ塊。人が、人トなル前ノ姿。故ニ、貴様らノ根源ヨ」

――即ち、魂とも精神とも呼ばれる存在。
人が人体という媒体へ入る前の姿。
全ての人間が初めはこの姿であると言われ、フェイが懐かしさ、温かさを覚えた原因はそこにあった。

つまりは、自分の一番初めの姿。
説明は出来ずとも、懐かしさを覚えるのは人として必然であるといえる。

これらは本来神が管理し、蘇生、転生、全ての原理がここへと繋がるといわれている。
これは例えであるが、リザラクションは人体が戻れる状態・・・つまり、媒体がほぼ完全な状態に精神を引き戻すという物。
リザラクションという魔法は、即ちこの生命の元を操作する魔法だという事である。
離れていく光を戻す=蘇生、復活させるという理論だ。

逆に言ってしまえば、死ぬ=この光が媒体に戻れず離れていってしまう事を意味する。
たとえ媒体の人体が完全になろうとも、この光が呼び戻せない遠くへ行ってしまえば蘇生は不可能となる。

是が今に言う死に戻りが出来なくなった、通称「神の怒り」の原因であると、この世界の蘇生を承る聖職者等の見解だ。


「無闇ニ触ラなイ方がイイ。その光ハ根源、貴様ノ魂モ持っテいキかねナい代物ダ」

ククク、と低い笑い声が聞こえた。
(―――あの光は、現世の者を遠くの世界へと勝手に連れてってしまうという習性があるんだ、気をつけろ)

幽霊等と囁かれる者は、現世の者を黄泉の世界へと誘う・・・
このように言い伝えもあるが、これの原因もいうまでもなくこの光にある。

細かく言えば、連れて行くのではなく、その光に触発され、その光と同質になってしまうといった方が正しい。
光に触れたが最後、人体に定着していた光は根源へと戻り、否応なしにその光と一緒にどこかへ消えてしまう・・・。
つまりは、全てにおいて戻ってしまうのだ。
その体に入る前の、ただの、生命という存在に。

故に、古き人はこの存在を幽霊と置き換え、見ても無闇に近付かない、触らないようにとこのような伝承を残した。
――――最も、この真相を知る者は極僅か、一部に限られている。


(そして、この真相を知る者はこの世界において「執行人」のみ。何故貴様がそれを知っている・・・!)
「ク、クク、クヒヒヒヒ、ハ、ハハハハハハハ!何故?何故だト!?執行人ニ置けル副の名ヲ持つ貴様ガ、何故ダト!?」
道化の笑いは止まらない、むしろ、その答えを聞勢いを増している。

こうして道化が笑うにも理由がある。
「執行人」とは、過去何度も話した通りに神の代わり、つまり手足となり活動をする者。
・・・この世界にとって、神とは絶対無比なる存在。

道化が笑った理由はそこにある―――
神の分身とも言うべき執行人の、判らぬという意味を含めたその言葉に。


「神の代行者ガ、知らヌ、存ぜヌだト!?下ラん、実に下ラン!完全ノ見本デある者ノ発言とハ思エンナ・・・恥ヲ知れ!」
見せたのは憤怒。
道化が今までに見せる事のなかった、新たな感情。
おかしい。
やつの見せる事のなかった表情に、微かながらの不気味さを覚えた。

それと、同時に。
周りの光が一つ、一つとまた魔方陣の方へ吸い込まれるように向かっては消え、向かっては消える。
それはさながら、あの魔方陣に引き寄せられ、吸い込まれているような・・・。
「これは・・・!?」
何故今まで気が付かなかったのか、自分でさえ不思議に思う。
目の前の・・・道化は。

「ヒヒ、ハ、ハ、ハ、ハ・・・!」

先ほどとは比べ物にならない、重く、痛く、酷い重圧が二人へ圧し掛かる。
(・・・そうか、お前は)
「クク、やっと・・・気がつきましたか、神速殿。そして喜ぶが良い、「種」よ。執行人の誕生を、その直の目で拝める事を」
流暢な話し方・・・そして、今まで見せなかった幾多もの表情。

これらは全て、道化が全て仕組んだ劇であり、フィナーレでもある。
確かに紅蓮という、フィナーレに欠かせない存在を失ったというアクシデントもあった。
だが、そのようなイレギュラーを気にもしないほどに、奴の台本は精巧に作られていた事を知る。

――――覚えているだろうか、奴という存在を。
異端者と呼ばれ、体を持たず、目的もなくただ魂ともとれず、不確かな要素として流れているだけの連中である。
「私は本来これを持つべき者だった。貴様の、貴様等の都合で、捻じ曲げられてしまったがな」
何故、そのような存在がこの世界にいるのか、この時点で知っている者は神速のみであろう。
「故に私は己の力で手に入れる事にした。壊す事は忍びないのも事実・・・だが、壊さねば、意味を成さん事もある」
道化の意識が、フェイへと集中していく。
「許しを乞うつもり等毛頭無い。だが知らぬまま過ごし、何もせず過ごす。そんな貴様等にも非は確かに存在していたはずだ」
我々は、冒険者達がはるか昔にこの世界に現れ、それと同時に生み出された存在でもある。

我等は、元を正せば「神」という、通路を通らずに来たが故に体を持つ事が許されなくなった存在。
だがその認識は本来正しい物でなく、神の故意による「見落とし」により生まれた存在なのだ。
通路は通ってきた。
だが、幾多もの魂を見るうちに、「神」は疲れ、全てを見る事を止めてしまった。

当初は神も、我等の存在を見つけては元の道へと正そうとする動きを見せた事もあった。
だが、それはほんの短い期間のみ。
神に気がついて欲しいが為に他人の体に一時的に乗り移り、モーションをかけた者もいた。
目がさめれば、他人の体にいる。
そんな錯覚を見せた、力のある者も存在した。

良い事をするよりも、悪い事をするほうが、不思議な現象が起きた方が、気がついて貰える。
滑稽な話であるが、我等に気がついてもらうには、そういった手しか残されていなかったのも事実。
また、こうでもしないと神は、気がつかなかったのも事実。

そしてこれらは全て、我々の声無き声であった事を・・・果たして、どれだけの人物が知っているだろうか?

だがそれも、この発達が進みすぎた世界にとって意味をなさぬ事であった。

ある意味、このときもはや神は力を持たぬ存在になりつつあるのではないかとも考えた。
何故、是ほどまでに各地でおかしな現象が起きつつ、神は何もしないのか。
何故、我等の声を、聞いてはくれぬのか。
これらを全て何もせぬのは、神の力が減少していたせいなのだろうか?

だが、現実はその予想を全て飲み込む程に残酷で、残酷で。

おのずと答えは見えてくる。
神は、「絶対」の存在でなくてはならない。

故に、間違い等あってはならぬのだ。

是が何を意味するか?
つまりは、我々の存在を知りつつも知らぬ素振りを見せる・・・つまりは、事実上の抹消。
我らを居ない者として扱い、間違いがあったこと事態を彼等は認めようとするのをやめたのだ。
たとえ不穏な現象が起きたとしても、もはや「黙殺」とも思える対応が続ける。

これが神の、我々に対する「答え」であった。

神は、己の失態に飽き足らず、我々に生きる事すら許さぬというのか。
我々は、存在する事すら、否定されなければならぬのか。

――――ああ、己を振り返られぬとは――――――――――何と醜く、救いようの無い連中か。



何時の日だろうか。

神の存在を、執行人の存在を、「敵」と認知したのは。

神が我等を見てみぬふりをするならば、我等を必要とせず、空気として扱いたいのならば。
否応なしに我等の存在を黙殺出来ぬほどに、我等は成長して見せよう。
貴様が放り、捨てた我等がどれだけの力を持つ事が出来るか、見せて差し上げよう。

己の行為、自らが引き起こした災害、その身で悔いるが良い・・・!



「・・・シンちゃん、あいつがやろうとしている事、簡単にで良いから教えて」
(気づいていたか)
シンちゃんには、もう奴が行なおうとしている事、そしてこの禁術の危険性がもうわかっているようだった。
ならば私達の憶測よりも、聞いた方が早いというもの。

(・・・お前ももはや関係ないという訳ではないか・・・なら、今回のを全て話そう)

―――執行人、神より選出された、神に匹敵する能力、力を持ちし選ばれた存在。

詳しい話はぬきにするとして、彼等には幾つかの性質が存在していた。

まず、伝説として残るように執行人はその者に合わせた特質的な能力を持っていたという事。
俺で言えば、神速という名に相応しい光のような速さを持ち合わせていた。
だが、その能力には誰もが共通する一つの決まりが存在していた。

最低条件とし、「体」を持ち合わせる事。

つまり魂でなく、己の世界に存在する証・・・「体」が能力を完全に扱う上で必要不可欠となっていた。
このような制約には理由があった。

本来なら、我々は魂だけの存在でも何ら問題ではなかった。
魂だろうと、姿を持たぬとも、我々には仕事を行なえる力が確かに存在していたからだ。
だが・・・俺たちには、「世代交代」とも呼べる役目も担っている。

つまり、俺たちとていつかは死ぬ時がやってくるという事。
神の代理人とはいえ、神と等しい能力を持つとはいえ、俺らはやはり器が絶対の象徴である「神」ではないからだ。
その時、制限ない力を魂が所持していては、問題が生じてしまう。

俺らの世代交代は、今持つ能力を後継者に渡すような楽なシステムではない。
あくまでその執行人が持った能力はその執行人ただ一人の能力であって、後継者が同じ能力を持つ事はない。
能力は完全にその者のみの特権であり、引き継ぐような便利な機能は存在していなかったのだ。

そして我々は死ねば、ただの冒険者に戻るように制限がかかっている。
冒険者に戻るその際に、魂が特質な力を持っては能力をそのまま持ち帰ってしまいかねない・・・

これでは平穏な世界に荒波が生じてしまう。
神に等しい能力を、冒険者が所持するのは言わずとも危険が生じてしまうのが目に見えて判ったからだ。

それを良しとしない神は能力を扱う上で「肉体」という制限をつけた。
執行人が死に、その肉体が朽ちた時点で執行人もまた能力を完全に扱う事が出来ぬようにする。
これが絶対的条件にして、絶対的な決まり。
神が定め、神の力にとってつけられた鎖。

・・・だが、俺はこうして、能力を今だ持ちつつある。
奴の言う通り・・・もはや神は力をそれほど持たぬ存在になっているのかもしれない。
だがそれは、逆に今力を所持し悪用する者がいた際に最も危険な情況を生むといっても過言ではない。
(仲間がどのように死んだかは不明だが、俺のように力を持ったままならば、もしかするとだが・・・)
疑いたくは無いが、「種」と言うように能力を一部扱える連中もいる。
もしかすれば、力をほとんど所持した状態で眠ったままの奴もいるかもしれない。

もし能力である我等執行人の意思を関係なく扱えるような状況が生まれてしまったとすれば。
それを悪用する者の手に渡った場合、最悪の事態が起きてしまうと予想できる。


話は少し戻るが、これらのように我々は一度死んだ場合執行人である体には戻れないようなシステムとなってある。
あくまで力を持つのは体、魂ではない。
体が朽ち、執行人でなくなった時点でそのものは能力を所持出来ないはずだった。

―――だが、これを覆す事の出来る禁忌が見つかる事となる。
(体の完全蘇生・・・幾多もの魂を素体とし、1から己の望む体を手に入れるという最大級の「禁術」だ)

魂は、全ての可能性を秘めている。
魂自体は皆同じである、しかし、その者によって何万、何億という可能性の海にその体と共に沈む事となる。
それはもはや性質である。
故に魂は全てにおける可能性を秘め、また様々な可能性を全て行なえるという性質も備えている。

その中に、その魂を生贄に捧げ対象者を強化すると言う秘術が生み出された。
機械に溺れ、己の欲と業が交差する「リヒタルゼン」という地によって。

その地では人という人を生贄に、様々な人体実験が行なわれていた。
そこで開発されたのが、説明の通り魂を使い強化人間を生み出そう言う技術。

一人の対象者に一つの魂を使うのが基本であるが、今回のように執行人の体となると常人以上に魂を必要とするのか。
どれだけのストックを備えているかは判らないが、奴によって生み出されたフェイヨンの死体により数は満たしたと見ていいだろう。


(奴の劇、つまりは・・・)

種をいち早く手に取り。
誰よりも早く開花させ。

禁術、秘術を用いて執行人としての証、体を手に入れ。
他のいずれ執行人になる可能性のある種を摘み取り。

己が、この世界のたった一人の執行人、「神」へと成り代わる事。


「つまりは」
(完全なる、執行人の誕生だ)



「では・・・紅き狂劇を始めよう・・・」
舞台は血塗られたフェイヨン。
魔方陣が消え、全ての魂を喰らった一人の執行人がその舞台へと降り立つ。

「くっ!」
悪寒等何年ぶりだろうか。
鳥肌が立つ中、私は目の前の「執行人」と対峙している。

先ほどの不完全な人型ではない、ぱっと見はただの冒険者。
だが、その全身より発せられる禍禍しい気は一般人が触れただけで気がおかしくなるのではないかという気さえする程に。
奴からのプレッシャーはおかしな力を放っていた。

「すぐは殺しはせんよ・・・お前等には世話になったからな、我が同胞が」
紅い瞳を私達二人に向け、執行人は口を大きく開ける。
悪夢は・・・まだ終わりを告げようとはしない。



(あ・・・そうか、僕は死んだんだっけ)
一人の男性が、波のような感覚に体をゆだねながら目を覚ます。

ここはどこだか、と考えたがすぐに考える事の意味の無さを知り考える事をやめる。
もはや死んだ身、ここで考え事や、生前を思い果たして何の役に立とうというのか。
もはや戻れぬ世界を懐かしむのは一興ではある、だがそれは滑稽に過ぎない事を知っているからだ。
無い物を強請る、人の欲の本質でもあるが・・・

しかし、ここをどこかと考えるつもりはないが何故これほどまでに寂しいのだろうか。
寂しい?
確かに暗く、そして紅く、冷たい水の中に今私は浸かっている。
なのに何故、今ぱっと寂しい等という単語を頭に思い描いたのだろうか・・・?

不思議な感覚はじょじょに己の体へと浸透していく。
「それ程までに形を形成できなくなっては言葉が通じるかは判らねーが・・・おい、お前」
暗い、紅い世界にぶっきらぼうな女性の声が響く。
はて、僕を呼んでいるのだろうか、それともどこかにいる、他の知らない人を呼んでるのだろうか。
僕?そもそも僕は一体なんと言う名前だったろうか?
「1へと戻ろうとしているのか、だが無駄だ・・・諦めて問いに答えろ、坊主」
何を知って彼女は無駄だと言っているのだろうか。
「魂は死ねば転生の準備として1、最も最初へ戻ろうとする。だがこの世界ではそれすら敵わねーぞ」
ああ、どこかで聞いた事がある。

死ぬと、全ての生前の記憶等が消え、また何も知らない、判らない存在として生まれ変わる。
そうして人は死に、生まれるを繰り返す・・・即ち、このサイクルこそ「転生」、止まる事のない歯車。

「ここは主人の隔離された世界。外でならまだしも、ここではお前の望む事は出来ない。判ったらさっさと起きろ」
転生が出来ない?何でまた。

・・・隔離された世界って、一体何の事だろう?

「お前は主人の体に吸い込まれたんだよ・・・いいから起きろ、イング!」
「わっ」
先ほどまでこの姿だったろうか?
驚いてまた自分の体を見れば、生前の剣士の姿をした自分がそこにはいた。
「死人を形成するは記憶、ようこそ、主人の体へ、久しいな」
褐色の肌、必要最低限の衣服しかきないその大胆な外見。
そしてすらっとしたスタイルに、長い黒髪を携えた女性が自分を見下ろしている。
・・・誰だっけ?
「ああそうか、お前等とは言葉でしか会った事がなかったなぁ・・・ほら、黒い漆黒の剣を覚えているか?」
「ああ、あの・・・」
ブリジットさんが暴走した際手に持っていた黒い剣。
確かにあのような剣があったのは覚えているが・・・
「あれの精神体が今のこの俺、エクスキュージョナーだ。一応だが自己紹介だな」

エクスキュージョナー。
一部の冒険者に囁かれている「魔剣」と呼ばれている三つの剣がある。
「ミスティルテイン」「オーガトゥース」「エクスキュージョナー」
この三つの強大な力を持つ剣は「魔剣」として畏怖され、出所、話の元すら不明という伝説の世界での話。
世界には現存されていないとも言われているにもかかわらず、今も尚あるとされている剣達である。

その中の一つ、「魔剣エクスキュージョナー」
兄弟分の三つの中で最も人を斬るのに適した能力を持つこの魔剣は、人型の相手により多くのダメージを与える。
また、逆に所有者が人型より攻撃を受けた際所持者にも普段よりより多くのダメージを与えると言う呪われた魔剣。

「人間が模して作ったレプリカの俺はいくらかあるようだが、俺はそのオリジナルに当たる存在だな」
つまりは、その伝説となっているエクスキュージョナーの本元という事なのだろうか。
「俺に似せて人が扱える程までに魔剣としての力を薄めたタイプ、あれがお前等が目にすることの出来るタイプだろう」
彼女曰くのレプリカは、僕達からすれば伝説級の品な訳で。
・・・とはいえそのような伝説の代物なんて僕は見たことがないけど。

ともあれ、とりあえずはこの女性が凄い存在だと言う事だけは伝わってきた。
その女性が果たして死んでしまい何もできない僕に何のようがあってなのだろう?
「・・・お前等には過去世話になったからな、せめて経緯だけでも教えようと思う訳だぁ・・・と」
ふと、手をまるで演奏を指揮する指揮者のように美しく、しなやかに一振り。
先ほどまで浸かっていたその冷たい水から、幾つかの水柱が立った。
「この水柱は自我、俺に答えを求め己の体を作る者。世話になってねー奴もいるが、まぁここは目を瞑ろう」

水柱が、その者の生前の姿を創り出していく。
マジシャン・アコライト・・・騎士・クルセイダー・・・そして、遠くに一つ、騎士。
「・・・っ!紅蓮!」
「・・・この、ような場で、会うとは・・・ね。何、気に、するな」
遠くから湧き出るように姿を見せたドッペルは、その作り出された彼等を楽しむように遠巻きに傍観を始めた。
僕達を見下しにきたのか、笑いに来たのか・・・どちらにせよ、この世界の彼女もまたいるという事。
つまりは死んだのか、それとも目の前の魔剣のような存在なのだろうか・・・それは、僕では答えを導き出せなかった。

「・・・ここは。そうか、君が起こしてくれたのか?」
「飲み込みが早くて助かるな、首都の。そしてその風格、おそらく名のある騎士か・・・名は?」
「・・・アラリン、よろしく。ごめんなさいね、ちょっと状況が飲み込めてないの」
少々頭を抱え気味に辺りを見回し、そして質問をまた魔剣に投げかけては頭を抱える。
そういえば酷く落ち着いてるなぁ、僕は。

「あ、イング、さっきぶりだね」
少々やつれたか、少し疲れ気味の笑顔を僕に向けるアコライト・・・アリス。
自分の服を破けそうにまで握るその強張った拳が非常に力強く、また弱弱しく。

―――私達、死んじゃったんだね。

そう、他人事のように呟いた。
こうして話せるという行為自体がその死という認識を甘くし、認知させないような機能を果たしている事に気がつく。
カタカタと体を震わせ、それでもその目の前のアコライトはそれを受け入れようとしていた。
僕は何故これほどまでに落ち着いているのだろうか。
落ち着いていられる理由か・・・


「――――・・・」
マジシャンの少女は何も語らない。
ただ、虚ろで、感情の篭らぬ眼をどこかに向けていた。


「俺の問いかけに答えたんだ、聞く意思はあると見るかね・・・さて、まずはお前等の状況を教えてやるよ」

・・・外の世界の状況。
執行人となったあの能力者が、フェイさんと玉藻前さんと戦っているとの事。
おそらく、このままいけばまず執行人となったこの者・・・エクス曰く主人が勝つとの事。

そして次に、何故僕達がこのような状況になっているかを教えてくれた。
「貴様等はつまり主人に飲み込まれ隔離されたといっても過言ではない」
例えるならば、深い落とし穴に落とされて、戻ることが出来なくなってしまったという状況。
さらに、僕達がいることで初めて執行人としての本領を発揮できるとの事。
「貴様等の魂が、主人の体を形成している。つまりは一心同体だな」
僕達は、あの道化からすればつまりは血肉、体の細胞という状況という訳か。
中々どうして実感が湧かないな。

「血肉が自ら表に出ることはない。外的要因がない限り、お前等は永遠と主人の体の一部となる。状況が読み込めたか?」
おさらい、といわんばかり軽く整理をつける。
成る程、これはまた考えれば考えるほどに泥沼な状況だ。


おとぎ話のような物だが、改めてどうやらこの生き返る・・・つまり「転生」という言葉、本当らしい。
死んだら先がない・・・故に人は死を恐れる―――――が。
その先があることを教えられ、今僕達のおかれる情況が、死をいう感覚を和らげてしまっている。
先があるから安心する、というのもおかしな話だが・・・

ある意味、死という物はその者が全て無になる事を意味していると思っていた。
誰だって消えるのは怖い・・・自分が自分で無くなってしまう等、言葉では言い表せない恐怖だろう。

だがこうして知ってしまうと、何、死という物は本当に思った以上に重みがあるようでない単語のように聞こえてきた。
何とも不思議な感覚・・・だが、死という事で「イング」という剣士はもはやこの世にはいない。

そうして改めて、先があろうとも、まだ「イング」である僕は死を軽く、しかし重く見られるのだろうか。


「貴様等はもはや体の一部、運命共同体。あの紅蓮が出てきた事も、もはや隠れる必要がないからだな」
紅蓮もまた、この体の一部となりこの場にいる。
即ち、僕達と同じ血肉・・・エクスのいった、運命共同体という輪の中の仲間か。

あれ、しかしまてよ?
「それって、貴方は一緒ではないという事ですか?」
ふと引っかかる、我々、ではなく貴様等という言い回し。
エクス本人を入れないその言い回しは、まるで自分は枠外のような言い回しである。
「当たり前だ、主人の持物であって俺はお前等のような血肉ではない。俺はあくまで魔剣、エクスキュージョナーだ」
ここは血肉の精神体が集まる場所。
そのような場所で、唯一、枠外にいるのが彼女という訳か。
「では貴方は、あの人の・・・あの殺人鬼の仲間なんですか?」
静かに、しかし熱く。
目の色を即座に変えた「戦士」が一人、目の前に現れる。
「勘違いするんじゃねぇ。俺はあくまで「道具」、持ち主によって良くもなり悪くもなる。俺に善悪は存在しねぇよ」
・・・本当は俺自身でもある程度の行動はできるのだが、あえてしない訳も理由もある。
こいつらに話すような事ではないので伏せてはおくが。

「包丁は家の料理にも使われ、殺人の時も時として使われる・・・後は言わずとも判るな?」

つまりは、所有者次第という事。
そういった意味合いでは、果たして主人は善いのか、それとも悪いのか。
人から見れば確実に悪そのものだろうが―――俺にとっては、主人の行動=善そのものである。
使われてなんぼの道具だ、主人を否定すると俺まで否定されている気分になってしまう。

この考えはあくまで「道具」である俺の考えであって・・・まぁ、目の前のこいつらには到底理解しかねる内容だろう。

(大将、貴方が居ない今俺はこの主人に使われるしか道は残っていない。こんな俺を見たら、貴方は笑うだろうか・・・?)

目の前の者達に肩入れしていた対象、そして今俺はその目の前の者達を亡き者にした主人の持物。
大将は、こんな俺を果たして許してくれるだろうか。

大将、貴方は今、どこに・・・?



「何故このような事を教えるか・・・何、これはある意味で俺なりのケジメだ」
俺はある意味、こいつらに期待を持ち、よろしく頼むとまで言ってしまった。
それが何だこの結末は。
大将はいなくなり、今の主人の手元に置かれ。
気がつけば大将の事を頼んだ奴等を喰っていた。

俺にだって、守りたい言葉の一つや二つくらいある。
いくら人間という生物を期待しない眼で見ているとはいえ、この目の前のユキ等には俺自ら出向き声すらかけた。

思えば、あのような期待を持つ事事態がおかしかったといえるべきだろう。
大将と・・・たかが一般の人間が、何故つりあいがもてると言うのか。

これは俺のケジメ。
あの時期待し、結果こうなってしまった事への一つの償い。
せめて、この煉獄の中で生前の記憶に苦しまぬよう、できる限りの答えへと連れて行く。
止めれば、突き放せば、このような事にはならなかったかもしれない。
―――そう考え、改めて俺がこいつらに何かを期待していたことを改めて認識する事となる。
何、今となってはどうでも良い事か。

「さて、説明は済んだ。後はなるようにしかならねぇ。今は自我があろうとも、この数百年先という長い旅だ、いずれ薄れるだろう」
執行人の生命はどれだけもつかは俺は把握しきれていない。
だが、人では到底数えられぬ年を執行人は過ごすと聞く。
ならば1000・・・もしくはそれ以上とみてもいいだろう。
こいつらが乗った列車は遥かな時を経る事となる―――。
どこまで、俺と一緒に乗る事ができるだろうか・・・。

「一つだけ・・・教えて頂戴」
虚ろな眼を漂わせながら、ユキがゆらりと立ち上がる。
「こいつは・・・あいつのかおをしていたわ。これは・・・あいつの、生まれ変わりか何かなの?」
「それを答えるには順をおっていかねーとなぁ・・・」


なるべく判りやすく、掴みやすく主人の正体・・・「異端者」についての説明を入れる。
俺は精神体、言ってしまえば異端者とは限りなく近い存在といっても過言ではない。
故に、間違っているとも限らない異端者の声、感情はほぼ全て理解できるつもりだ。
俺から接触する事は大将の意思によりしない事が義務付けられ、話される事はあっても話す事はなかった。

人に聞こえぬあの悲鳴とも聞こえる生々しい感情そのものをぶつけてくる声。
聞く人によってはノイローゼで倒れてしまうのではないかと思うほどに奴等は永遠と声をあげている。
――ある意味で、この隣人を知らぬ事で人は救われているのかもしれない。

「それが異端者。人になれず、お前等人という存在を渇望している奴等だ」
人になれず、認められず。
未練や恨みを糧とし動く者達。

―俺たちの存在を、無視できぬようにしてやるー

上を目差し、その目標を達そうとせんが為に動く異端者達を。
――俺はある意味、その姿・思考は限りなく人という生き物の証であり、そして人ならではないかと思っている。

上を向き、行動できるその終わり無き探究心は人という生き物故の特権であり、そして証ではないだろうか。
彼らにとって気休めにしかならぬこの言葉、言ったとして到底理解はされぬだろうが。
(体ねぇ・・・まぁ、道具の俺には関係ねーな)
「・・・とまぁそう言う訳だ。主人は大将・・・ああいや、ブリジット様の近くにいた。故にコピーをしたんだろ」
オリジナルではなく、あえて大将の外見という物をコピーした意図がおそらくはあるのだろうが。
俺は知らないのでこの際省いて答えるのが妥当だろう。
「じゃぁ、あれは生まれ変わりじゃないのね?」
「無論。まぁ主人は大将に何かしらの怨恨があったようだから、あてつけなのかもしれねーな」
理由こそ語ることはできないが、主人は大将に多大なる恨みを持っている。
その恨みの元である大将の姿をし、暴れる事で大将の汚名でも作ろうとしているのか。
それとも、今まで特殊な座を持っていた大将の代わりとなろうとしているのか。
前者であれ、後者であれ、大将にとって良い事は何一つありはしない。
「そうなんだ・・・良かった・・・」
一つ、生気の無いそのマジシャンの表情にはじめて光が宿る。
このマジシャンも、これで後は静かに、未練を残す事無く消えていけるだろうか。
答えは定かではない、だがそこには・・・確かな笑顔が存在していた。



「私は数ある執行者の中でも特に特殊でね。すぐに終わってしまってはつまらない、一つ素晴らしい情報を差し上げよう」
「!?」
正気か?
自ら情報を開示するなどと、一瞬にして結果が出ることもおかしくは無い執行者同士の争いにとって自殺行為ではないのか。
そこまでに己に余裕があるか、それとも余興のつもりなのか・・・どちらにせよ、正気の沙汰ではないとだけは言える。
「私はそもそも出元が特殊でね、本来執行人にはない体質を帯びている。君等にとって実におぞましい性質だろうよ」


「私の二つ名は―――「奈落」、死の象徴であり、また死を司る者だ。
 そこに私の能力、そして体質が存在する―――――教えてやろう、私の体に触れても、この剣に斬られても」

――――――――――――――――――――貴様等は死ぬ――――――――――――――――――

「ちょっ・・・!」
「この剣は死の象徴、斬られただけで生命を停止させ、私の体質上、触れた者の魂をそのまま我が体へと吸収し糧とする・・・」
つまり、触れても斬られても一瞬でケリがついてしまうという事!?
何たるイレギュラー・・・何たる例外。
「嗚呼ご安心を、物等で触るに関しては問題ない、あくまで有機物、生を帯びている者だけだ・・・」
ならば間接的であれば生命を刈り取られる事は無いという事か。
何よ、これじゃあまるでおとぎ話に出てくる本物の「死神」そのものではないか。
(・・・それ程の能力、ただで使える訳ではあるまい。確実にかなりの代償を支払っているはずだ)
「おやおや、流石は元副官殿、素晴らしい洞察力ですな。・・・あるにはあるが、何、貴様等が知るまで耐えれるとは思えないな」
す・・・っと、黒き両手剣を肩に乗せる。

「これから行なわれるのは一方的な我が欲求を満たすが為に行なわれる劇だ。
 貴様等は戦慄し恐怖し慄きただただ逃げまとい我という恐怖に蹂躙されていれば良い」

・・・来るか!
身構える私達を前に、奈落と呼ばれし道化が走り出す。

「劇の最期に華を添えたまえ!貴様等の紅き血はさぞかし劇を締めくくるに相応しい素晴らしい色をしている事だろう!」



〜つづく〜




あとがき
お久しぶりです、ROでは1.5倍と忙しいかと思われる今日この頃いかがお過ごしでしょうか、鰤です。
さて、本編でも中々な急展開を見せているフェイヨン編、次回で簡潔となります。

中編では主に道化の能力、武器、そして目論見等道化に関する整理が軸となり話が進んでおります。
何故道化がこのようなことをしていたのか、そもそも道化とは一体何者であったのか。
それらが今回語られています。

そして執行人となった道化の能力や、ブリジットが過去持っていた剣の存在についても触れられています。
このイレギュラー的な能力を前に果たしてフェイ達はどう立ち向かっていくのでしょう、こうご期待くださいませ。

それでは♪



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