「ふむ、これは少々予想外だな・・・」
虚無と呼ばれる女性に斬られた片腕を再生させ、その腕を動かしながらポツリと呟く。

どうやら紅蓮は、思いのほかこやつらの成長を促してしまったらしい。
特に虚無・・・神速殿が教えとなっている奴と違い、独学と己のセンスによる不安定な成長を遂げる奴は・・・
正直な所余り障害物と考えていなかったのだが・・・
(クク、く、、これはまた・・・)
不安定故に、紅蓮はそれほどまでに刺激的だったのか。

まぁ、とはいえこの程度。
どこまで粘りを見せるかは判らぬが・・・何、時間の問題だろう。

だが、今私にあるのはその余裕だけではない・・・その表情には、彼女らに対する危機感が確かに存在していた。
不安定、だからこそ爆発的な揺らぎの元成長を遂げる虚無。
神速殿の監視元、堅実に力を伸ばしつつある神速。

かたや元執行者、かたや元執行者の中でも副と呼ばれるほどの存在・・・

これほどまでに危険な存在、どうして放っておけようか。
「危険因子は、早めに摘むに限る」 その一文に、今の私の気持ちが全て含まれているといっても過言ではない。
摘まなければ、摘まなければ次に摘まれるのは私である。
まだ、優位に立てている・・・今の内に・・・
「幕と行こうか」
貴様等の人生という長旅、閉じさせて貰うとしよう。
我が脚本が、破けぬうちに。



「ヒ、ハハ、ハ、ハハ!」
これが肉体、これが血、肉、皮膚、骨!
体をもつという事がこれほどまでに躍動感ある物とは、中々どうして想像が出来ないものだ。
いいぞ、いいぞ・・・もっと、もっとお前等のその哀れな姿を私の眼に焼き付けたい・・・!
―――と、己の欲求をまだまだ探求したかったものだが。
私と違い、彼女達はもはや虫の息。
とはいえ、私の予想を遥かに凌ぐ素晴らしい時間を提供してくれたのもまた事実。
「よく粘ったものだ」
彼女達に最大の賞賛を与えながら、気がつけば手を叩き笑顔を向けていた。

「如何に人外の力を持ったとはいえ、そのエネルギーには底がある。
 まだまだ、お二人のキャパシティは少ないと見受けられるが・・・何、健闘賞は差し上げたい」

一重に力量不足という訳ではない。
己の力の本質も判らず、手探り状態で進んだ彼女達にとっての限界が見えてしまったというだけの話。
闇雲に進んだ先は、能力を「手に入れた」ばかりの私にすら勝てないという現実。
いやはや、現実とはかくも無情也。
本来私よりも「数倍上」である力も、やはり・・・というべきか。

「さァ、劇の終幕だ。血なまぐさく、生々しい・・・この素晴らしき劇の終幕だ。
 いくら有望であろうとも強き者に打ち砕かれるはこの世の定理。潔く消え去らせて差し上げよう」

粗い息遣いだけが私の耳へと入ってくる。
ああ、その恐怖に満ち、尚ありもしない打開策を考え全てを捨てきれないその息遣い。
力強く、弱弱しいその最期にして最高の息遣い・・・まさに素晴らしい、生きるとはこういう事か。

シュン・・・!

「!?」
獲物をしとめる時は、たとえいかなる生物であれ一瞬の油断が生じる。
まさに彼女らを目の前にしたその時、自分目掛け矢が立て続けに撃たれ私の全身を貫いた。
紅く、しかし驚きを隠せない道化の眼には・・・みまちがえるはずもない、奴の姿が映っていた。
「ちょっとまってもらおうかしら」
「複製だと・・・!?」
今まで対峙していた彼女達も驚いているという事は、おそらく面識はない・・・つまりは、グルでは無いということか。
それにしても、何故このタイミングで奴がこの場に現れる?
先ほど私を監視していた奴のせいか?いや、それにしては出てくるのが遅すぎる・・・。
違う、そんなことよりも今考えるべき点は他にもあるはずだ。
起きてしまった以上、その異常事態の対処の方が先である。
現状として奴等の味方として沸いた以上、奴と対峙せねばならん。

(まずい、私では・・・「今の私」では奴には敵わぬやもしれん・・・)

確かに、私は執行者となり今この場にいる・・・。
だが、執行者としては生まれたて・・・つまりは執行人という枠組みの中では一番最下層に位置するといっても過言ではない。
能力の発動の早さが全てを左右するとは言いがたい。
しかしながら、その能力との上手い付き合い方、立ち回り等は即座に生まれてくれる代物ではないのだ。
純粋な、時間。
体になじませるには、たとえ如何なる生き物であれ時間が必要となってしまう。

故に。
道化の脳裏には「この現状がいかにまずいか」という疑念に対する答えの計算で一杯となっていた。
否・・・そもそも「複製」という能力、果たして如何なる能力なのか・・・。
「これはこれは、『複製』殿。飛び入り参加はご遠慮願いたいものですな」
・・・もはや奴との戦闘は免れん。
ならば、一つ腹をくくるしかあるまい。
「そうね、私も出来ればそうしたかったのだけど」
ふっと、風が吹くかのように複製の姿が消える。
―――後ろか!?
「ちょっと調子に乗りすぎよ」
刹那、激しい衝撃が私を襲った。
この攻撃はバックスタブ・・・?違う、それとはまた別の代物か!?
その衝撃で、手にしていた魔剣が吹き飛ばされる。
拾うよりも先に後ろを振り返るも、奴の姿はもうそこには存在していない。
再び振り返ると、先ほどの位置に複製はさも何も無かったかのように佇んでいる。
「拾おうとしても無駄よ、わかるでしょ?」
この女・・・今までこの世界には接触しないという名目でこの世界に存在していると聞いてはいたが。
これが本性だというのだろうか。

違う、むしろ私に余裕を見せているのが気に食わん。
気に入らん、その眼、その表情、全てが、全てが気に入らん。
この私が?舐められる?舐められている?否否否否否断じて否、私は負ける訳にはいかぬ、同胞のためにも、紅蓮の為にも。
今更沸いて出てきた、お前如きに!
「調子に乗るなよ、女」
これが、敵意というものか。
この腹のそこから湧き上がる・・・そう、煮えたぎるこの気持ち。
それと同時に、頭を締め付けるピリピリした感覚。
勝ち目が薄いと警告する自分、しかしここで退く訳にもいかぬという自分が脳内でせめぎ立てる。

ソウカ、そうカ、これが意地?プライド?
勝ち目が薄くとも、たとえ確立が低くとも・・・その低い可能性にかけ、戦いに挑む。
ああ、判るよ、お前たち人間が、何故勝てぬと思っていても我に向かってきていたのかが。

愚か、と切伏せてきた者達がふと脳裏に過ぎる。
中には我に恐怖し、恐れ、勢い、虚勢にその体を任せた者もいた。
そこにあったのは絶対的な強者と弱者の圧倒的な差。
この世の理であるが・・・

何故今、その者達が脳裏に浮かんだのか?
・・・いや、もはや判りきっている事なのだろうか?
「さて、覚悟はできて?」

初めて、その境遇、同じ状況になってわかることもある。
いや、そうしなければ判らぬ事等この世界には沢山あるだろう。
そのほんの些細な「それ」を、気がついた者は果たしてどのような行動に出るのだろうか?
悔い改める?悩む?苦しむ?

私の中の一つの血液、人格はどうやら魔物と人、という観点から気がついたらしい。
人ノ都合により作られた、「歪んだ」日常、ルールというものが。

魔物は倒す、それに嫌悪感も何もない。
倒すのは当然である・・・だが何故?何故倒す以外の手段が無い?
僕たちには言葉がある、例え奇麗事でも・・・何故、目の前の者を消すしか、手がないのだろうか?

血液は言う。
「僕はそれに気がついた。ならば、せめて・・・僕は、僕なりに足掻く。僕の、信じる道・・・正しいと思う道に、僕は剣を振るおう」
世の中にはどうしようもない、倒す事でしか答えの出ぬ者は確実ニ存在している。
でも僕は、倒さぬ道がもし存在しているとするのならば・・・僕は、その道を選ぶ。
たとえ、僕という存在がこの世界のルールに否定されたとしても。

「君は人の痛み、弱さを少しだけでも理解した。それでも尚、道化、君はその道を行くのか。己を道化と呼び、己の気持ちすらも騙すのか」

何とも滑稽。
そうとまで言い放った血液は、自信に満ちた表情をしていた。

成る程、お前は我が道を否定するというのか。
確かに私は気がついた、今まで狩り、己の血肉となった者達の恐怖が、感情が。
見ろ。

「ぐぉぉぉぁおぁおぁおあl!!」
従来の何十、何百倍と凝縮されたユピテルサンダーが自分の体に襲い掛かる。
何と言う威力、何と言う凝縮された力!
見る見るうちに崩れる体を、すぐさま元に戻すも束の間、その時を逃さんと短剣がずぶり、と刺さる。

我が能力は、死の象徴にして幾多もの人格、精神を持つ点にも存在している。
それはまるで、腕が、目が、口が、足が、全てが一つの生き物として動くほどに。
体の細胞全てが、この体を守る為に動く・・・そう、まさに一つの「要塞」となり得るのである。

だがそれには多大もない時間が必要となる。
この短時間では、中の精神と喋る私、そして道化として今尚奮戦する私。
この要塞を守る人材は、精々このニ名が限界であった。

他の者はまだ生前の自我を完全に持ち合わせており、今尚この檻を彷徨っているのだろう。
目の前の血液は、この檻の管理者、私へと語りかけてくる迷い子に過ぎない。

滑稽と言われ様が、我が道は最早退けぬ所にまで来てしまった。
笑うか?笑ってみせるか?
生まれることはなかった・・・だが、もし私がこの世界に正しく生まれてきたとするならば。
私は死という現象になるはずだった、全ての者よ、私という存在に恐れ、私に出会う事のないようにしたまえ。
私と会う時が、全てにおける終焉である。

そうだ、私は死の象徴であるべきなのだ!
痛みを判ろうとも、私の道を、全てを否定されようとも!

「例え、復讐という動力が無ければ、動けなくとも?」

私は、この世に生まれるはずだった者の代行者として、今日にまで至った。
それはまさに復讐劇。

そこに私の心も存在していた、存在していたのだ。
「貴方の心も一緒であったのは認めよう、道化。その道しかなかったのだから。だが、だけど、今なら、まだ道は選べるはずだ」
この私が?
復讐に燃え、我等の存在を、世に知らしめる。
それだけを糧に生きていた私に、他の道を選べというのか?
「まだ、戻れる。まだ終わりじゃないんだ!このまま憎しみの連鎖を増やし、どこへたどり着こうというのか、道化!」

五月蝿い・・・うるさいうるさいウるさいうルさいうるサいうるさイウルさいウルサいウルサイうるサイうルサイウルサイ!!!
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、私の血液如きが私の道を否定するな私を語るな!

痛みを知った。
この道の終焉が、どのような形になるかも、大まか予想は出来ている。

ダカラナンダ?
最早戻れぬといった筈、このまま私は死の象徴になるべきなのだ、復讐に身を焦がし、最期には死という現象の現物になるのだ。
戻れるダト?モドレルダト?どこにだ、どこに私は戻ればいい。
そこか、あそこか、あっちか、そっちか!?
お前の言う戻るべき道は何だというのだ。
それは本当に道なのか?そういってお前は私を何も無い闇へと誘うだけなのではないのか?
信じるものか、お前の言葉等、そのような甘い言葉、信じるものか。
お前とて、私に殺されて憎いはずだろう、憎め、憎め、憎め!!
そのような甘い世迷言を私に言うためにお前は存在しているのではない。
私を否定してみせろ、そうして私がここに存在している事を認めさせて見せろ!
「人の感情を知る事で、初めて分かり合える事もある、道化、君は今初めて僕等と同じ土俵に立てた・・・今だからこそ、僕等と君は分かり合えるはずなんだ」
分かり合えるだと?お前と、私が?
化け物と言われ、身も体も心も化け物である私とか?

「ククククク・・・ク、クク、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!」

お前は化け物と呼ばれる事の意味をわかっているのか?
わかりあえん、お前等とは敵以上でも以下でも何でもない。
お前は理解したのではないのか、あの男・・・ブリジットと名乗る化け物と対峙して。
同じにされるのは不愉快ではあるが・・・何、奴も私と変わらん、化け物の領域の生物。
クク、いや・・・私よりも奴の方が化け物かもしれんな。

「違う、違う!アイツは、私達の世界に戻りたがっていた!哀しんでいた!化け物であると同時に、人でありたかった!」

一つの血柱が、雄雄しく吹き上げる。
そうか、お前は確か・・・最期まで、奴の事を言っていたな。
化け物の気持ちまで知るというのか、お前等は、カカカカカカカカカ!

「貴方にも、アイツにも必要だったのは掛け橋。貴方には人の痛みを。アイツには、信じる気持ち、それさえあれば、こんな事にはならなかった!」

――――何故、そこまで我等と生きる道を選びたがる。
言った筈、敵同士ならば、どちらかが朽ちればそれで終わる。
それでいいではないか、憎しみ合い、殺しあう・・・まさに貴様等人間が今まで築き上げてきた世界ではないか。
人のみを愛し、他者を排除する・・・それでお前等は、今の地位にいるのではないか。
今更・・・今更、今更貴様等が掌を返すのカ?
私の敵は神だ、貴様等ではない。
だが、私は貴様等にも全てではないだろうが少なからずの憎しみを抱いている。
憎しみ?渇望?そんな物は何でもいい、オマエラにとって不利益の感情を持っているのは確かなのだ。
いや・・・私にとってお前等は捕食対象、やはりお前等にとって私の存在はマイナス以外の何ものでもないな。

「だから、どうして相手を否定する事しか道を選べないの?!私達には、言葉がある。手がある。この手は、相手を殺す事しかできないの?」

手を見る。
私の手は血が固まり、黒く、黒く、赤黒く―――――――――血に彩られている。
見ろ、私の手は紅い。
ははは、違うな、体が、私の全てが紅い。
紅い、紅い・・・頬についた血を拭っても、紅い染みが広がるばかり。

忘れるな、我が体の一部よ。
私は道化と呼ばれると同時に死の化身―私の体一つ一つが、全て死を連想されるようにできているのだ。
故に私の手は・・・死しか、生まない。

「まだ、まだ戻れるはずなんだ。どこかで、どこかで連鎖を断ち切らなければ、永遠と、彷徨う事になる」

「戻れんヨ。今更ナにを言うか、我が一部ヨ―――――――――ッグ!?」


世界が、一瞬にして揺らぐ。
そのブレは段々と大きくなり、二つの血液はその形状を維持できなくなり下の、何の変哲もない血液へと戻っていく。
本来あるべき所に戻るだけ、ただそれだけなのに。
何かをいいたげに、血液はまた吹き上がろうとし、元の場所へと戻る。

「ぐ・・・クック、ク、ハ、ハハハハハハハ、流石は先人の能力者ヨ、私等敵ではないカ!」


先ほどとは違う世界で、道化はこげ落ちた腕を再生させる。

さて、何故この世界がぶれだしたのだろうか?それは今現在の道化本体の状態に起因する。
そう――今道化は、かなりといってもいい程に追い詰められてきている。
まずい、まだ大丈夫かもしれないが、このままでは・・・!?

腕が完全に戻ったと同時期だろうか?
「ふふん、どうやら役者が揃ったようね」
先ほどまでの激しい戦闘にも関わらず涼しげな表情を浮かべつつ、複製と呼ばれし女性は微笑をして見せた。
何故微笑を浮かべて見せたのか?
この時、私は思いのほかに血が頭に上っており―――目の前の複製以外を、疎かにしてしまっていた。

考えて見れば、これが、最悪にして、劇としては素晴らしい、締めくくりとなる原因だったのかもしれない。



「逃がすと思うのかね!?」
それは突然の事であった。
突如身を翻したかと思いきや、引き連れた従者と共に自分との距離は大きくとった。
その間合いは完全に、もう戦う意思がないという明確な表現。
―――こいツ、逃げるつもりか!?
ここまできて逃げ出すダト!?こいツ、一体何の目的があってここに現れたんダ!?

焦る頭と、体が同調するかの如く、腕が伸び手が複製たちを掴まんとする。
―が、遅い。
すでに退く算段もした上での介入なのか、準備良く持たれた――――使用者を記憶地点へ戻す、「蝶の羽」
自分の手は、蝶の羽が発動し消えてしまった二人の残影しか掴む事ができなかった。

「舐めた真似を――しかし、どういう事だ、今この場で奴が退く理由が・・・」

あのまま続いていたのならば、結果がどうなっていただろうか・・・それは、闘っていた自分が一番良く判っていた。
おそらく、私の許容する再生能力の限界を超え、おそらく消え去っていただろう。
だが、奴はそれをしなかった、「するきがなかった」

「おそらく、私達のせいでしょうね」

先ほどまで複製がいた場所、そのさらに奥に位置する場所に、二人の人と・・・二人の、「影」がそこには居た。

(んー、最期の舞台だっていうのに、ちょっとこれは頂けないわねぇ・・・)
(そういう冗談は辞めといた方がいいよ、輪廻。些か不謹慎だ)

些か気分の優れない、低いトーンの声に窘められ。
そうだったわね、ごめんと影同士が仲良さげに話し込んでいる。

確かにこの場には死体が溢れ、生霊の一人や二人が出てきていてもおかしくはない。
あれはもしかすれば、生霊の類なのだろうか・・・?

と考えるのが、本来正しい精神を持つ者の発想だろう。
だが、この場にいる数名はより踏み込んだ考えを持っていた。

「おや、これは能力者諸君、わざわざこのような場に・・・ご足労ご苦労様、歓迎、といきたいが・・・」


「道化、だったわね、貴方」
ペアの片割れ、変身の能力を持つダンサーのリノが、1歩前へと出る。
(大丈夫、貴方には私が付いている・・・大丈夫よ)
リノを励ますように、静かに、しかし力強い言葉が送られる。



何たる表情をするんだ、あいつは。
前に出たリノを見守りながら、吐き気を抑えるのが精一杯の自分は何とか立つ事を保つので必死な状況であった。

リノと一緒にアルヴィ事俺は確かにでかい仕事をこなしたものだった。
舞台があった、華やかな場面もあった、紅蓮と出会ってからは・・・何、血なまぐさい場面もあった。

そういった意味合い上、普通の者よりも精神的な余裕というか、落ち着き等には自信があったのだが・・・

(別に否定はしない、自分達は君たちから見ればれっきとした「化け物」さ)
目の前の道化は、表面に紳士という仮面を被りながら、何と言う恐ろしい表情を隠しているのか。
隠そうとしても見え隠れするその凶悪な殺意が、余りにも強すぎる!

「はは、そんなに内側を見せすぎるようじゃ役者失敗だな、道化」
今の自分にできる事といえば、この程度の虚勢を張る事くらいのみ。
だがそんな自分を見透かしたかのように、仮面の表情は更に醜く、醜悪に笑う。
「ハハハハハ、ハハハハハ!そういえばお前等は本職は役者だったな、ご忠告感謝するよ、役者クン」
――久方ぶりに、体の真の部分が警報を鳴らし、言いようのない寒気が自分を襲う。
何時から忘れてしまっていたのか・・・こういう純粋な「恐怖」は、本当に久しぶりな気がしてならない。

(新入り君、初めまして。僕は過去の執行者の一人、放浪。そこのダンサー、リノさんについているのが輪廻と言う元執行者さ)

後輩に先輩の名前を教えるかのように、丁寧な口調でそう説明を入れる放浪を見。
まるで役者のように、小芝居のかかった一礼をして見せた。
「これはこれは・・・放浪殿、神速殿といい、輪廻嬢といい・・・カカカ、先人がこうも集まるとは、珍しい事だな」
自分の予想の範疇ではあるが、おそらく俺達の介入は予想をしていなかっただろう。
いや・・・俺とリノだけの介入は予測ノ範疇だったかもしれない・・・だが、「この二人」に関しては計算外のはず。
ほら、現に・・・

(放浪、輪廻!?お前等、何故ここに!)
見慣れない紅蓮のカタールから、低い男性の声が聞こえてきた。
確か・・・ああ、フェイという能力者はおかしな武装をしていると聞いていたが、そういうことか。
喋る、見慣れない武器・・・ね。

(副長、お久しぶりです・・・やはり、貴方も亡くなっていましたか)
(本当お久しぶり。予測はしてたけど・・・こうやって再会すると、やっぱちょっとしめっぽいわね)

傍から見れば、これはすごく簡単な挨拶のように見えたかもしれない。
死を彷彿させる単語が見えるので、本来は簡単ではないにしろ・・・事実、彼等が交わした話は数回程である。

しかし、この数回がどれ程の重みを持っていたのか・・・俺達では、知る事は出来なかった。


「貴方の劇はもう終わり・・・むしろ、こんな下らない、馬鹿げた劇なんて、いらない、なくなっちゃえばいいのよ」
その体は、とうに限界を向かえているはずなのに。
気丈に立つリノの口からは、道化を非難する強い口調が飛んだ。
「下らん、だと?」
その言葉は道化にとって地雷だったのかもしれない。
ぎょろん、と音がするのではないかという程までに見開いた目がリノを捕らえる。

「何度でも言ってあげる・・・貴方のは劇なんて呼べる代物じゃない、下らないお遊戯よ」

その場が静寂に包まれる。
だが判る、誰が言わずとも・・・おぞましい憎悪を周りにぶつける、道化の存在。
あの足が一度でも動けば、それは戦闘の開始を意味する事を。

「では問おう、お嬢さん。君の言う劇とは一体なんだ?」

「劇とは、お客様を楽しませ、時には笑いを、時には感動を役者と共に味わう・・・そんな世界よ。
 貴方の劇には笑顔がない。恐怖しかない。
 あるのは役者と呼ぶ者達の消えていく姿を見て楽しむ、たった一人の観客気取りの貴方だけ。
 ・・・おかしいでしょ?これが劇っていうんだもの、笑わせてくれるわ」

その場には誇りと勇気をもった、一人の役者がいた。
役者であるという自信、役者であるという誇りが。
彼女を奮い立たせ、勇気を与えていた。
この彼女を屈する事の出来る力を、道化は力以外に持っていようか?

今、道化が手を差し伸べれば、彼女は簡単に逝くだろう。
だが、道化はしなかった。
彼女が挑んできたのは精神による勝負・・・力ではない、誇りによる言葉による勝負。

「・・・御尤も、流石は一流の役者、とでも言うべきか。いやはや、御尤も、返す言葉を私は持ち合わせておらんな・・・」

それに対し、道化も実に冷静であった。
先ほどまでにあった複製との勝負によって生み出された血の気も今や引き、それはさながら目の前の役者との話を
楽しむ一人の観客のようにすら見える。
それは、道化にとっても・・・とても不思議な感覚――味わった事のない、おかしな感覚。

自分を否定されている、それは怒るべき場面であり、絶対に否定しなければならないはずなのに。
目の前の、一人の女性の真の言葉に、否定をするという行為が自分の中で否定されてしまった。

言葉は一方通行ではない、相手が返してそれは「話」という単語へと変わる。
歪に歪んでしまった道化の描いた、惨劇。

そこに染み渡るかのように、一人の、真の役者による、本当の、真実の「劇」の意味。
生きるか、死ぬか。
それしかない物は、劇でもなんでもない―――――――ただの、「殺し合い」に過ぎない。



結果として、私は何をしたかったのだろう?
復讐に身を焦がし、神に挑む為、執行者を消す為・・・
そのために執行者へと私はなった。
執行者こそ神に一番近く、神に挑む為の最善の手段だと思ったからだ。

だめだ、この先は、考えては・・・いけない、きが、する。

だが動き出した歯車は止まらない、加速をするのみであった。



そウ、そうダ、だから私は相手を殺し、食らい、執行者になッタ!

―だが、執行者はもういない、精々いて思念体が関の山。

いや違う、執行者は通過点に過ぎない、最終的な目標は神、ただ一人。

―そもそも、神は本当にいるのか?

居る。

―確証は?

私がこの世界に異端者として落ちた時から声をあげた。神は我々を否定しつづけ、あまつさえ反応もしない。
神の代行人がいるんだぞ?総括する神がいるのは必定ではないか。
そうダ、ソウだ、居る、神は居る!

―では何故執行人になった私に接触してこない。

・・・解らぬ、何か理由でもあるのだろうか。
・・・解らぬ?神の、代行者が・・・わか、らぬだト?

―神は本当にいるのか?

―まさか、居ない等という事は?

―何たる滑稽、己が道を信じるばかり可能性すら疑う事を忘れたか。


・・・承知した、我が一部等よ。
ならば、ならば―――――――――――――


「私が、神へと成ろう」



カ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!
簡単な事だ、簡単な事だ、成れる、私は成れル!
この世界には代行者は一人しかいなイ!ならばもはや神への一つ前に来ているといっても過言ではなイ!
ナヤムナンテ、ナンテオロカシイ。
ワタシハタダシイ――スベテガ、スベテガタダシイ!

「ヒヒヒヒ、ヒ、ヒァ、ハ、ハハハハハハハハ!」
何かが私の中で音を立てて弾けトぶ。
コの感覚ノなんとモ心地の良い事か!
「お前モ貴様モ、ヒ、ヒヒ、神ヘ、挑むノニ、邪魔ダ、邪魔ダ!ジャ、マだ!」


―リノの問いかけは、殺人者でも何でもない、道化が最期まで頑なに守った、人であらず者の、人でありたいと願う部分。
「人間という存在の渇望」を現す部分に訴えかけるものであった。

道化は自身の全ての行動を「劇」と呼んだ。
これはただ単に道化の気まぐれでもなく、気取りでも何でもない。

道化なりの、人の渇望の具現化・・・つまりは、人らしさ、「真似」をした結果なのだ。
表にこそ出さなかったが、道化本人は何と言おうと、人になりたいという欲望もまた極めて重要な動力源の一つである。

今日までその欲求を、人の動作、言動を「真似る」事により紛らわしていたのだ。
またその欲求こそが、人らしい行動を求め、結果道化は狂気に満ちた洒落た「劇」というものを演出しているつもりでいるのだ。

即ち―道化が言葉を人と通じさせ、小細工をしてみせたのも・・・全ては、この渇望の部分による結果。
触れば全てが終わるのにあえてそれをせず、さも自分が注目されるように立ち居したのも、全てはこの部分による結果に過ぎない。

また、この道化の渇望は理性に近い物も持ち合わせていた。
人という存在に否定しようとも、「人」を知った時点で、人としての視点を持ってしまう。
イング・ユキとのやり取りでそれは確固たる物へと変わり、道化は本当の意味での人の「痛み」を知る。
結果内部とのせめぎあいで苦悩し、確かな人らしさを見せたのだ。

道化は・・・たとえ、己が化け物だとしても・・・確かに、道化という「人」を形成しつつあったのだ。

近い未来、この痛みを完全に知る時期が道化にも訪れたかもしれない。
その可能性は、イング・ユキにより無いとは言い切れない所にまで来ていたのだ。

―だが、非情にも、道化の精神はその道を選べなかった。

目の前のリノというダンサーに、道化の人ノ部分を全て否定された時。
狂う程までの自問自答、そして遂に触れてはいけない、しかし大事な部分に触れてしまう。

それは道化の中の禁忌、道化と言う存在の否定。
狂う程までに挑んだ自問自答の末――――

「ヒ、ハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハははハはハハハハハはははハハは!」

劇と評し、動いた道化の「人」は――――狂気に冒され、冒され、際限なく冒し尽くされ。

本当に、気が触れた。


劇等ない、劇等ありはしない。
そこにあるのは一匹の化け物、血に飢え、血を欲す化け物。

目の前の獲物に目を光らせ、笑いを上げる。
さながらそれは、狩りを楽しむ獣。
血肉を食らい、己の絶対なる力を見せつける、野生の獣。
眼が――――――紅く、煌びやかに光り、獲物を捕らえる。

「キ――――――――――キキ、キキキキキキキキキキキキキ!」
――――――惨劇が始まる。
人としての道化の惨劇では無い――――獣の、道化による、惨劇が。



何たる哀しき性。
気を抜けば倒れてしまう程の気圧をぶつけてくる道化を目の前にし、リノがそう呟いた。

リノには、声なき声が聞こえるという特殊な能力がある。
その特殊さ故に今まで何度も追い詰められ、苦しめられ・・・この能力を恨みもした。

―が。
もしかしたらこの能力は、今この時のために持っていたのかもしれない。
だって、ほら。

「ヒ、は、ハ!」

私には聞こえる、道化の、内なる声が。

「私を滅してみろ、私を、私を打ち滅ぼしてみろ・・・!」
「お前が正しいのか、私が正しいのか!今ここではっきりする!私を否定する者よ、己が真意を私にぶつけてみろ!」
「居てはならないのか・・・私は、私は!」



それはひどくめちゃくちゃで、ぐちゃぐちゃで。
そこで初めて私は知る・・・道化とは、多数の意識を持つ存在である事を。
その多数の意識が一つの個性を持ち合わせ、様々な思考を持つ・・・ある意味で、道化という個体は「要塞」という表現が正しい事を。

成る程。
(器用な体よねぇ・・・おそらく奴自身はそれを総括しきっている。そして―――総括出来ていたのは、何物でもない、道化自身の意志の強さ)
それは想像するに頑なで、確固たる強い意志。
強い意志は時に重圧を撥ね退け、力を持ち、前進する素晴らしい能力を持つことがある。
世界にとって良い意味であれ悪い意味であれ、道化のその強き意思は彼に大きな力を与えた。

―が、その道化が壊れ、狂ってしまった。
理性のない止まらぬ力は辺りに負しか撒き散らさない。
私は―――止める術を持つ、唯一の存在。
止める、止めなくてはならない。

「私達、だろ?・・・俺もいる、俺達がな」
(その通り。一人ではない、これは劇を締めくくる最後の演奏、フィナーレなんだよ)
だろ?と笑顔を向けてくれたのは放浪とアルヴィ。

先ほどまでの怯えは消え、凛々しく、とても清清しい表情を浮かべている。
どうやら彼自身も、今何をすべきか、そして何が出来るか・・・答えが出たようだ。

皆の為に――――――そして、紅蓮の為に!


「さぁ!いきましょう!」
「いくぜ、俺等の最期の演奏!この世界に響かせてやるぜ!」

(とくと刻め、その眼に耳に焼き付けよ。偽りを打ち消す、始りの音を)
(戯言よ、虚言の具現者よ!我等が真の声、その身で受け止めるがいい!)



バードとダンサー、その二者が揃って初めて奏でられる演奏を「合奏」と言う。
スキルを使用できなくさせる「ロキの叫び」・防御力が無になる「永遠の混沌」等があるが・・・

「何、この演奏は・・・」
長年様々な場を渡り歩いてきたフェイでさえ、このような合奏は今まで一度も耳にした事がない。
それほどまでに不思議な、そして何故だろう、心の芯が温かく、そして気持ちの高まるような合奏であった。
(この曲は・・・何だ、お前等、一体何を!?)
驚いた事に、どうやら神速でさえこの音楽を知らないらしい。
つまりは、ずっと隠し持っていた・・・言うなれば、懐の刀のように、極力出さない宝刀のようなものなのだろうか?

冒険者としての基本として、必殺に近い、余り見られたくない技の一つや二つ必ずと言って良い程あるものではあるが。
能力者にもそのような技の一つや二つあってもおかしくはないとは思っていたが、まさかこのような場でそれに出会えるとは。

だがしかし、能力者の能力は常人を遥かに逸する凄まじい物である。
その者達の宝刀とは、果たして如何なる能力を持ち合わせているのだろう・・・

「キ、キキキキキキキキキキキキキ!」
だがそれを見過ごす程眼の前の敵は甘くない。
大地を蹴りつけ、目にも止まらぬ速さで獲物を捕らえんと道化が動き出す。

「合奏」にとって、最大の弱点は己を守る術がない点である。
本来ならばそこに他の冒険者達が護衛につき、守り、その見返りとして合奏の恩恵を受けるというのが定石である。
だが、今この場で彼女等を守る術はない。
唯一あるとすればフェイ達能力者であったが、その体は傷つき、とてもではないが道化を退ける事等出来ないであろう。

ならば、この場で道化によって二人は消されていたか?
「そんな事させるものかよ・・・獣風情が、身の程を弁えろ!」
まず飛んで来たのは幾多もの矢。
矢は即座に道化によって振り落とされたが、結果道化の足はほんの僅かながらに失速するという結果となる。
また、そのほんの僅かな隙を見逃さず、巨体が道化の前に立ちふさがり・・・その体を持ってして吹き飛ばした。
「獣は戦ってはいけない敵を本能で察知する。ではその本能で察知する能力さえも失った奴は一体何だ、道化とやらよ」
低く、野太い声を響かせながら。
道化の前に立ちふさがったのは、誰もが予想せぬ存在であった。

「オ、オークロード・・・!?」
ならば先ほどの矢は、オークロードの側近オークアーチャーによる遠距離射撃だったというのか。

こうしてフェイが言葉を失うのも無理はない。
確かに、フェイヨンにオークの軍勢が姿を現したという情報は得ていた。
だがこの場になって、結果増援として現れる等誰が予想できただろうか。

しかも何故だろう、今日のオークロードは今まで何度か垣間見たオークロードの中でもずば抜けてやばい気がする。
言い表せない、だが何かとてつもなくヤバイ、この目の前のオークロードはヤバイ。
余りにも単純とした表現ではあるが、今この場で確かに合った表現であるのは確かであった。

――余談だが、この場に姿を現したオークロードは何物でもない、過去イング達がファラオに聞いた本体そのものである。
故に、フェイが表現した「今まで見たことある中でずば抜けてヤバイ」という表現は今までのオークロードは分身、そして今目の前にいるのは本体。
そう本能が瞬時に理解したという事に等しい。

そういった意味合いで、フェイの危機察知能力がかなり高いと判る一面でもあった。



「ナンダ貴様ハ・・・邪魔ヲ、スルカ――――ジャマヲスルカ、ジャマヲスルノカ」
「醜悪な。礼儀を弁えぬ奴とは思っていたが、理性すら失ったか」
道化と対峙したオークロードは一瞬、果たして本当に目の前の奴があの道化なのかと疑ってしまった。

言葉を交わした事はない。
だがしかし、これ程までに変わり果ててしまうものなのだろうか?
そう思うほどに、目の前の道化の気は違ってしまっていた。
(――やはり、人には過ぎた力なのかも知れぬ)
「劇の締めくくりだぞ?静かに出来ぬのか、貴様」
「オワラヌ、オワラヌ!ワタシのセカイは、オワラヌ!「ヤツ」のヨうに・・・永遠だ!永久に、永久ニ!」

「ならばこの俺を殺して進んでみせよ。貴様が幾多の者を飲み込んだ時のように、私を滅してみろ・・・その偽りの拳で出来るのならな!」

それが合図となった。
ある意味で思考という物が単純となり、純粋な力でぶつかってくる道化、それを臆せず前から受け止めていくオークロード。
手には血塗れた斧を持ち、斧で器用に受け止めては斧で振り払い、叩き付ける。
触れられたら死ぬ、そのような事実があろうともロードの眼に恐怖の文字は微塵もなかった。

恐れる必要等無い、奴は俺に触れない、触れることすら敵わない。
そう語らずともといった何と言うロードの自信に満ちた表情か。


小細工の無い、本当の意味でのぶつかり合いであった。
まるで殴る蹴るしか判らぬ子供の喧嘩。
だからこそ、だからこそ純粋に出る――どちらが力が強いかがはっきりと。
「キ、キキ、キサマ、キサマ!!」
「お前は判っていない。俺と純粋に力勝負をして対等に渡り合える奴がこの世界にほとんど居ない事を」

我等魔族も、言うなれば特質な存在である。
時に異世界より、時にその世界の生物の想像の産物として。
様々な形態をした魔族かこの世界に集っている。

例で出すと、森に篭っている山羊は人の産物といっても過言ではない生き物である。
元よりはただただ、強力な闇の力を持つ不安定な「現象」に過ぎなかった。

その現象が数多もの人々を恐怖させ、よりその恐怖を判り易くする為に人は「名前・姿」を創造する。
人とは面白い生き物で、そういった未知の存在に名称や姿を考えあれこれ話すのを好む性質があるらしい。
この推理も真意は定かではないし、もしくは事情か何かあるのかもしれないが、俺は人間ではないので真意を知る事はおそらくないだろう。
だが事実として、人は畏怖すべき存在に名前・空想を脳という世界に創作させていた。

(以降山羊と再度呼ばせて貰うが)その名前、姿に興味を持った山羊は面白半分でその姿にそっくり自分を形作る。
奴にとって人がより恐怖したり、恐れたりしてくれた方が色々と都合が良いのだから効率がいいのだろう。
現に曖昧な現象として君臨していた時以上に、姿を形作ってからはよりそういった負の感情が世界を包むようになったと聞く。
目や、耳で感知できるようになった方が効率がよい、というのがこれで実証された。

故に、力は関係ないにしろあの姿、そして名前を作ったのは他でもない「人間」自身なのだ。

姿、名前を作ったのは紛れもない人間である・・・では、その根本的なところにある「力」は?
いつのまにかにではない、長い長い・・・それはもう、永久というべき時間をかけて力を持つ者はその力を育んで来た。
無論いきなり力を持った連中もいる・・・それが、つまりは「能力者」・並びに「代行者」達なのである。

能力者・執行者・代行者と呼ばれる存在は「神」によって選出され、多大なる力を手に入れた連中である。
では、我等魔族のように長い時間をかけて力を手に入れた者達は、その者達と力量の均衡が果たして取れているのかどうか?

これが意外にも、拮抗しているのである。
確かにこの世界には神が存在し、神による世界作りが行なわれた場ではある。
全ての始り、故に「神」・・・と言いたいのだが、実際の所この世界は神=絶対というイコールは成り立っていない。
そう、つまりこの世界で神は全知全能ではないのだ。

確かに、この世界を神が創造したのは紛れもない事実である。
では・・・その神が創る世界の前より生きていた存在が、この世界に移住してきたとすれば?
言い換えれば、神よりも長い間過ごしてきた、存在・現象がこの世界に来た場合は、である。

こうなると、神の絶対による力量外の存在が生まれてきてしまう。
神の力を持ってしても消す事の出来ない現象・存在・危険分子・・・それらの中に我等「魔族」は存在している。

知っているだろうか?代行者達は確かにこの世界に生きる者達の総括を任され日々行動をしてきた。
だが、その中に・・・我等「魔族」を世界のバランスという観点からを見守り、見張る役割も担っている事を。

神が行き過ぎた力を代行者達に与えたのはその点にある。
人を総括するだけならば、ちょっと強い力、消す力等その程度で構わないはずだ。
少し強い力を与えれば、おそらく人を総括、まとめる上で不憫はでないはずである。

神速のように人が目に追えぬ、感知出来ぬ程の速度を持たせたり。
この道化のように、触ればすぐ息の根を止められる等といった人に対して余りにも凶悪すぎる能力を持ち合わせているのは・・・
何物でもない、我々「魔族」に対抗する為の力なのだ。

ある意味ですぐに我等と同等の力量を持たせる事が出来たと言う点で、この世界の神はかなりの存在だと言う事が伺える。
だが、その神を持ってしても我等と「拮抗する」力を持たせる程度に終わっている。
それだけに我等の存在は強く、そして大きいのだ。

余談ではあるが・・・神の限界として能力を数多の者に授ける事はできるがそれにも限度というものがあるらしい。
代行者の最大数は12〜13と今までのケースで判っている・・・つまり、この世界の神の能力の限度が、13人程の代行者を作るなのだろう。

だが、我等とて馬鹿ではない。
自分に近い力を持ち、様々な性質を持った者達と戦えば双方にとってどれだけの甚大な被害が出るかは明白である。
あげくに魔族として一括りしてしまったが、お互いにお互いの存在を牽制しあう存在である。
代行者と争っている間に横槍・・・等と言うケースもないわけではないのだ。
故に、いつか争うかもしれないが・・・無理な争いは求めない、という魔族や代行者も存在している。

例で出すならば、今目の前にいる放浪・輪廻がそうであった。
彼らは争いよりも交流を好み、本来にらみ合うはずである我等と度重なる交流をし。
さらにはお互いにとって良い道が歩めるように務めたという一面も見せている。
話では山羊の奴もまた、一部の代行者と仲が良いそうだが・・・
つまりは、立ち回り次第では代行者は敵にもなるし、味方にもなる・・・中立に近い存在と言うべきか。
そういった存在も少なからずいた。

それを利用しあう仲と思う連中もいるかもしれない、だが放浪・輪廻は俺の目で見る限りそのような魂胆はまるでなかった。

我等が争って解決するのであればいくらでも争おう。しかし、争う意味がない場合は?
確かにどこぞから来た魔族がでかい態度をとるのが気に入らないという代行者もいる・・・だが、我等の存在意義は争う事ではない、調和する為にある。
魔族に人が打ち滅ぼされるのであればそれもまたであり、逆も然りである。
その自然摂理に、何故我等代行者が首を突っ込む必要があるのだろうか。

この世界は「人」だけの世界ではない・・・
君等も、もうこの世界にとって無くてはならない世界へとなったんだよ。

今でもその言葉は俺の頭の中に残っている。
事実、人とて無力ではない・・・俺の分身を軽々と消し去る程の力量を持った奴も多く存在するようになった。
いずれは、魔族だからといって・・・代行者だからといって、優位に立てるという事が無くなることが近い将来あるのかもしれない。



「お前は神速のような身体向上のタイプではない、いわば「特殊型」。能力が知られた時点で、隠し玉でもない限りひっくり返らんぞ」
「ヒ、ヒヒ――」
勝てぬと判っても尚、こいつは退こうとしないのか。
もはや理性等ない・・・こいつは、本当にただの死を撒き散らす「現象」へと成ろうというのか。
「やれやれ、最高の曲が流れているって言うのに・・・水しか差さんな、こいつは」
そう悪態を付くオークロードの背中で行なわれる合奏は激しさを増していた。

アルヴィのマンドリンがより高く、より激しい音を放ち。
リノの歌声が、踊りがその音に合わさっていく。

「美しい」
オークロードの配下のオークアーチャーの誰かがそう呟いた。
今目の前に、死という現象がいるのか嘘のように。
この場が、死者の溜まり場であるというのが嘘のように感じる。

その姿はまるで「妖精」
世界で最も美しいとされる妖精「エルフ」を彷彿とさせた。

(み、見られるのはあまり好きじゃないんだけど・・・もぅ、今日は特別ね)
そうぼやく輪廻とは対象的に、リノはとても楽しそうに踊っていた。
まるで己の全てを出し切るように――これが。
「これが、私の持てる全て、私の生きる意味!」


(我等が合奏の最終章・歓喜――最期は観客全員が笑顔で拍手をして終わるのが筋というものだろう、新人君?)
気取っている訳ではない、しかしながらキザな言葉を向ける放浪とは対照的に。
「―いい曲だ、だがどうにもかっこつけるのは性にあわないな・・・はは、まぁ、この際関係ないか」
感慨深そうに笑うアルヴィ。



―かつて、紅蓮の仲間になってから数刻。
アルヴィに、紅蓮に、リノが呟くようにこう言った。

「踊りたい、どんな舞台でもいい、踊って・・・踊って、踊り尽くせる、あの世界へと、戻りたい・・・」

それは、かつて自分がいた世界へ戻りたいと願う強い切望。
どうしようもない、戻れるはずもない。
だが消す事の出来ない、抗う事の出来ない、強い感情が、リノを取り巻いていた。

だからこそ、踊れる、歌える、この状況がとても嬉しい。
私は踊っている、私達だけのためでなく・・・皆の、紅蓮の為に!
今私は、この時を精一杯!
「紅蓮、聞いてる!?私の歌、アルヴィの演奏!」
どこぞにいるであろう紅蓮に向け、声をあげる。
答えは当然ない、だが。

リノの、どんな遠くの声でも聞くことの出来る能力は、確かにその声を拾っていた。
「聞いてるよぉ・・・いい声に良い演奏、素晴らしいねぇ・・・全部聞きたい、もっと、もっと続きを聞かせておくれ」
このフェイヨンのどこかから、確かにそう答える声が、リノの耳には聞こえていた。

―果たして紅蓮はどうなったのか、それを知る術はない。
否、どうなっているかを知ってて、私はあえて知らぬ振りをしているのかもしれない。
だが聞いている、確かに私の歌を、アルヴィの演奏を紅蓮は聞いてくれている!

彼女に助けて貰い、命を救われてから早数ヶ月。
居場所を、家族を与えてくれた彼女に・・・最期の、恩返しを。
私の。
俺の。

最期の、恩返し。

「行くわよ、アルヴィ!」
「おう・・・!」

(―あるべき姿を眼に示せ。汝等に問う、己が姿、己が器はどこか)
(戻りなさい、元の戻りたい、ありたいと思うその姿に。ほら、貴方達を縛る物はもう何もない)

「!?」
異変が起こった。
ビクン、と一つ大きく道化が跳ねる。
「オ、オォ、グ、オォォォオオ・・・!?」

「何が・・・?」
苦しそうに道化がうめき出してから数刻。
それは突如起こった。
「オォォォオオオオオオオオオオオ!!!」
大地が震えたつほどの激しい咆哮と共に、道化の体全体から何かが勢い良く噴出していく。
紅い霧か、さては煙か?
その不安定な紅い霧は止まる事無く道化の体から噴出し、道化の辺りにいた人物全てを飲み込んでいく。
・・・まずい、これはまさか眼暗まし!?

焦る面々とは対照的に、一人・・・玉藻は実に冷静にその煙を見ていた。
あの煙・・・そう、確か、フェイが暴走した時の・・・
そうだ、あの煙と・・・良く、似ている・・・


(いや――これは――あれとは違う・・・?)

その霧はまるで意思を持つかのように、一つの塊を成し浮遊している。
これは、そう―まるで、「人魂」
まだ道化が話せる時に見たあの淡い光を発する人魂とは対極的に、何故か・・・そう、酷く生々しく感じられる人魂であった。

あの淡い光を持つ人魂は、惹きつけられる、本能に訴えかけてくる何かが存在していた。
だがこの人魂は・・・


「―これは人の体の命とも言える水―血だ」
同じ疑問を抱いていた部下にそう答えるオークロード。
成る程、確かに考えてみれば道化は己の血液をこうやって霧状にすることが出来る能力があったはず。
言われてみればすぐさまにそれは血だ、という認識が出来た。
では何故是ほど覆われるまでに血を・・・?

「ロード、これはまさか奴の攻撃か何かですか?」
考えられるとすれば、新たな攻撃をしかけようとしているか・・・くらいである。
当然の反応を見せる部下を見、ロードが少し寂しそうに笑った。

「偽りは長くは続かん。いつか内包された真実が、必ず飛び出てくるもんなんだよ」


「オォォオ、ナ、ナンダ、コレハ・・・!?」
血液が、血液が私の意思を無視して外に出る!?
馬鹿な、私の制御下にある肉体が、私の意思を無視するだト!?
何が・・・一体何が!?

「キ、キ、キサマか・・・キサマか・・・!?」
立っても居られずに、ガクンと膝を地に落とす。
人は血液の三分の一を外に出してしまうと死ぬと言われているが―私にとって、血は体を形成させている上で全てと言ってもいい。
一滴、一滴たりとも無駄等は存在しないのだ。
その血液が一滴無くなるだけで、私は数年という寿命が縮まるに等しい。
それ故に、今のこの血液が絶えず外に出るという現象は苦痛でいて、とてもおぞましかった。

空中に散布した血液はうろうろと彷徨うように空を飛び回り、何かを見つけたかのように一つ、また一つと。
死体の上へ、そして死体を囲むようにその場へと留まる。
(輪廻―転生)
一際輪廻とリノの声が響き渡り、辺りの建物、死体、木々を全て吹き飛ばす。
それはまるでハウリング―その響きは、その場にいた者達の体をも突き刺していく。
一際大きな音をアルヴィと放浪の楽器が上げ、五感が狂いだす。
世界がグルグルと回るような錯覚―平常心で居られなくなる―胃の中がすべて逆流しそうになる・・・。

「!?」
一つ、瞬きをしただけであった。
気持ち悪さに耐えかね、一回だけ瞬きをしただけだというのに。
(我等が奥義は世界を一へと戻す絶対無比なる力)
(だが我等は肉体を失い一つの強制力を失った―それは、意思だ)
目の前には、普段の平和なフェイヨンが広がっていた。



彼等―輪廻と放浪の能力者としての奥義は異常を正常に戻す、非常に強制力の強い技である。
記憶はもちろん、肉体、現場其の他諸々・・・何もかもが、彼等の戻したいと思う状態へと戻る。

だが、これはあくまで現役時代であった時の話。
肉体を失い、一時的にその場にいる彼等のその奥義は幾つか現役の時よりも劣ってしまった点が存在していた。
それは―強制力。
その者の強い意志があれば、その強制力を撥ね退ける事が出来てしまうというものであった。
それがまさに、今事実として目の前に存在していた。

「ハ、ハハハハハハ、ハハハハハハ!カカ、カラダガ、カラダガ!ク、クク、ヒヒ、ハハハハハ・・・!」

消えたくない。
そう強く願う道化の意思が、強制力を跳ね除けまだ尚存在していた。
だがもはや人としての形状は保ててはいない――少しずつ、少しずつだが道化の体が地面と同化するかの如く崩れていく。
そう、「要塞」として先ほどまで前にいた、道化の最期である。
その崩れ行く要塞の最期を見守る周りの者は、そのあまりの異常な光景に言葉が出ない。
―一部を除いて。

いつからだろうか、先ほどまでいなかった面々の前に、剣士とマジシャンが立っていた。
その前には、もはや上半身より下を無くし呻き声を上げながら崩れていく道化の姿がある。
「あなたは―何故、どうして・・・こんなにも寂しい道を選ぶの」
そう、俯きながら、震えながら、幾多もの涙を落とし絞るように叫ぶ。
「もうアイツだけで十二分、化け物だからってなんだっていうのよ!能力があるから・・・強い力があるからって・・・なんだっていうのよぉ!」
滴り落ちる涙の量が、その時増えた。
隣にいた剣士の目からも、一つ、また一つと涙が落ちていた。
「甘い。僕達のこの考えは酷く甘く、戯言かもしれない。でも、僕の・・・僕等のあの時言った気持ちに、嘘偽りはなかったんだ」

その言葉を受けて、道化の目が初めてその二人を捕らえた。
だが―その表情に、もはや自分達の言葉が届いていない事に気がつく。

その時の道化の表情は呆けており、軽く首を傾げ自分達を見る始末。
言葉すら発さず、虚ろな目をただ自分達に向けるだけであった。

剣士は自分を責めた。
甘い考えを持ったせいでもあった、止められなかったせいでもあった。
何より剣士を責めたのは、道化の中にある、苦悩に満ちた意思を見たからだった。
その意思は苦しんでいた、寂しがっていた。
誰にも理解されず、誰にも判ってもらえず、声をあげる道化の一つの意思。
これこそ異端者の真の声、異端者が暴走したきっかけである、純粋で、素直な気持ち。
道化の、全てにおける発端。

その意思に、自分達の真の気持ちが伝わらなかった・・・その結果が、これである。
彼に必要なのは、全てを受け入れる理解者であった。
相手を殺したいんじゃない、糧としたい訳じゃない。
彼等はただ一つ―自分達を、認めて欲しかったのだ。



その時、運命が一つの悪戯を起こす。

「それはねイング、ユキ。私は人ではなく、化け物だからだよ。己を受け入れたからこそ、今の私が存在出来ていたのさ」

奇跡というべきであろうか?先が短いという事実に獣が逃げたのだろうか?
まるで毒気が抜けたかのように、凛々しい表情を浮かべ二人を見つめる道化の姿がそこにはあった。
狂い、暴れだした前の道化その者である。
「私は死を司る現象―お前等を食らい、現世との繋がりを絶つ存在。恐れられ、畏怖されるべき存在」

否定できない、されることの無い絶対的な己の力、その力を目の当たりにした時・・・
私は化け物の道を喜んで選んだ。
相手にとって私は敵、憎き滅ぼすべき存在。
今まで存在すら否定されてきた我等にとって、如何なる理由であれ自分と言う存在を認識されるのは喜ばしい事であったからだ。

それに引き換え奴は滑稽だ。
化け物でありながら、化け物でありたいと願わない。
いくら抗えど、抗えど、己の持つ力を否定する、否定する・・・だから貴様は消えたのだ、「私」ヨ。
不思議だ、今考えてみれば何故お前は己の力を認めなかったのだ・・・?
何故否定されると判っていて、このような連中とつるんでいたのだ。
判らない、お前は神、万能たる神ではなかったのか?
住まう世界の違う者同士が混ざれば、果たして結果がどうなるか・・・
何、容易い計算だったはず。

目の前の連中の考えも判らない。
このような言葉を投げかけてくる人間の考えが。
何故だ?私は化け物だ、お前等を食らう憎き存在ではないのか。

「何故私に近寄りたがる、人間よ。私はあの男の中で幾多もの人との交わりを見、稀に貴様等のような存在が居る事を知った、何故だ?」
「あの男!?あの男ってまさか」
心臓が跳ね上がり、鼓動が早くなる・・・涙のせいではない、己の止め様のない感情によって声が震える。
そんなユキを、道化は全てを察しているかのごとく見つめた。
特に道化の中で食らいついてきたこいつ・・・こいつならば、答えを出してくれるのか・・・?
このどろどろと私の中で暴れていた、疑問を打ち消してくれるのか・・・?
「そう、私はこの体のコピーのオリジナル・・・半身を司る存在だった。答えろ人間、何故お前等は寄ってくる、殺されかけようとも、否定されようとも」
判らない、人は・・・我等がなるべきであった存在は、どうしてこれほどまでに不思議な存在なのだろうか。
時として神すらも超えるというのか、お前等の存在は。
それとも、私が、私がまだ未熟だから判らないのか・・・?
しかし、ユキを制し前に出たのは剣士・イングの方であった。
イングは静かに、落ち着いた表情で道化と向き合う。

「それは貴方が「人」だからさ、道化」

「人?私が、人ダト?」

「確かに貴方の力はとても強大で大きい。だけど貴方は感情を持った、魂を持った、心を持った。その時点で、貴方は「人」になったんだよ」

「私が?化け物である私を貴様等は人だからという理由だけで近寄ってきたのか?」

「そうさ、道化。奇麗事かもしれない、だけど・・・だけど、僕は貴方に知って欲しかった・・・殺める以外の、人としての在り方を、接し方を」



イングにとって、魔物等はもはや滅するだけの存在ではない。
幾多にまで見た戦場で、感情を持っていることを知ったイングはどうにかして訴える事が出来ないかと思い始めていたのだ。
争うだけではない、お互いにとって良い結果になるような行動をとることはできないものかと。
「クク、ハハハハハハハハハハ!滑稽だ、滑稽だ!私が!人!このような存在を、貴様等は人と称するか!」
通じたかは判らない、ただただ笑いを止めずにただ高らかに、目の前の道化は笑う。
笑いは止まらない―

―私が、人、人ト!
人だと、私が、私が!
神と称されるのではなく、人として称されるとは!
「貴方が人でないとするならば、何故悩んだの、苦しんだの!思い出して道化、何故苦しんだのか、アイツが、何故苦しんだのか!」

アイツ・・・アイツは、己の力を否定し、人としてありたかった。
何故か?答えは簡単だ、奴は神になりながらも人になりたかった―そう、戻りたかったのだ。
奴は望んだ、力等無くていい・・・人で、人でありたいと。

そう、望んだのだ。
富でも、栄誉でもない。
ただ、人として、一人のどこにでもいる人に、奴はなりたかったのだ。

「・・・ヒ・・・!」
そうカ、ソウカ!
我等は何故、神を求めたのカ!
そうだ、我等は神になりたかったのではない、人になりたかったのだ!
同胞も、紅蓮も、そして・・・私も!
神ヲ目差したノハただ単に我等が声を届かせる為、そして今までの無念を晴らす為!
そうだ、全ては・・・!
「だが神は我等ヲ見放シた!我等ヲ黙殺シ、我等の世界は沈ンダ、精神モ、体モ、望みモ!暗く、暗ク、夢の欠片スラ無かっタ!」
一言で言えばそれは地獄であった!
全てが我等を否定する、存在を否定する!
悔しかった、ただただ悔しかった・・・!

「あらゆる可能性を試しタ、試しタ、何年も、何十年モ、何百年モ、何千年モ!
 だがコタエは我等を黙殺するノミでアッタ、尽くせば尽くす程、我等は行き場ヲ失っタ!存在を失った!
 我等は気が狂う日々と戦い、神に訴えツヅケタ、ツヅケタンダ・・・!
 考えた、カンガエタ!全てノ、我等のスベテを結晶サセ考えた!
 ソシテスベテガクズレタ!クズレタ!脆く、拙い希望スラ存在シナカッタ・・・!
 カンガエタ!崩れた!手を尽くした!クズレタ!クズレタ!クズレサッタ!

 狂うように挑んだ!我等の障害と―――――――――――ソシテ、その長い時に耐える我が精神と!
 いっそ狂った方が楽なのではないか―はハハはハハハははハハハハ!
 ソシテ辿り付いた・・・この世界には、最早神が存在しないというコタエに・・・!

 そのコタエを否定した、否定した!だが結論は変わらない、神がイナイ!この世界には、神がイナイ・・・!

結論が変わらないと確信した時、我等の中で何かが弾けた・・・嗚呼、アれは、私ノ精神が、我等が同胞の精神が――触れテしマったノか!

私ハ―――――――――――私ハ・・・・・・!」



その言葉は嘆きか、はたまた懺悔なのか。
肩より下が全て崩れ落ち、道化の存在できる時間は最早無いに等しい。
もう喋る事すら敵わなくなりつつ道化を見―――そこにいる全員が、道化の最期を確信する。

高らかに笑い、笑い、崩れ落ちる道化。
「・・・いきましょう」
その光景を最早見るのは忍びないと感じた面々が、次々と道化に背を向け歩いていく。
後ろからは、止まる事なく、道化の、悲痛な笑い声が木霊していた。


「ユキ、行こう・・・もう、ここに留まる意味はないよ」
「うん・・・」

最期まで戻ろうとしなかったユキとイングも遂に観念し、皆と同じ道を歩こうとした―――その時。
「!」
二人は、思わず息を飲んだ。

そこには、半透明となった女性が道化を優しく包み込むかのように抱いている光景があったのだ。
誰だろう?と声に出すよりも早く、頭の中で―そう、彼女が、誰であるかという答えが脳裏に出て来る。
それは手向けか、はては幻覚か。
その美しい女性はただただ静かに微笑み、道化を見つめている。

道化の眼から、残り少ない僅かな血液が流れる。
空洞となった眼から流れる血液は酷く傍から見れば恐ろしい光景に違いないだろう―だが。

イングとユキには、それは道化の涙のように映った。



その後、道化は僕とユキの背中でこう、呟いた。




 ヒヒヒヒヒハハハハ、ひ、ひは、は、ハハハハハハハハハハハ―

 ・・・そうか、ソウカ!私はただ、ワタシは、私は・・・―ただ、ただ

 お前等と同じ・・・人で、ありたかった・・・のか――――――――――――――




笑い声が止まったのも――その後であった。



今回の事件は何だったんだろうか。
この世界には、僕等の思っている以上に大きく、強大な別の力によって管理されているのだろうか?
道化が残した数々の言葉、単語が、僕達に重く、重く圧し掛かったー―――

ただ一つ、判った事があるとするならば。
その世界は大きく、僕等ではどうしようもないという・・・余りにも、無情な結果のみである。



だがこの時、彼等はいくつもの間違いをしていた。

その内の一つ・・・

到底手の届かない、遠い、遠い神という領域に。
まだ戻れた、アイツと称する人物との交流という所よりも深く、深く。
最早戻れぬほどに、足を突っ込んでしまった事を。


もはや傷口は治らない・・・行き着く先までつかぬまでは。


〜つづく〜




あとがき
いやはやお久しぶりです、長い間更新できなくて申し訳ない!鰤でございます。
激闘のフェイヨン編も簡潔となり、そして新たな爪あとを残す編となりました。

いくつもの爪あとが、今後のイング達にどう作用していくのか・・・それは話をおってみていくと致しましょう。

それでは皆様、どうぞまたお会いしましょう。



SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ ライブチャット ブログ